中古サックスが店頭に並ぶまで

<第三回> 〜下ごしらえ完結編〜〜

前回までの記事はこちら↓
第一回では「キイと管体の分解」
第二回では「板金・トーンホールの調整・消耗品の取り外し・洗浄」までをお見せしました。
今回の工程はこちら!

  1. 消耗品(コルク・フェルトなど)の取り付け
  2. カップの歪み直し
  3. タンポ入れ

ここまで終わって、やっとすべての「下ごしらえ」が完了します。
工程だけ見ると少なく感じますが、サックスはキイの数が多いので、これだけでも数時間かかる作業です。
では、順番に詳しく解説していきます!

 

1. まずは、コルク・フェルトの取り付け

サックスのキイには、あちこちにコルクやフェルトが貼られています。
一見すると「ただのクッション」に見えるかもしれませんが、実はキイの開きやバランス、操作感、そしてノイズの大きさにも関わる重要な部品です。

しかも、場所によって必要な厚みや適した材質が違います。
「え、新品の製造時についているものと同じコルクを使えばいいんじゃない?」
と思ったあなた。 鋭いです!!
……でも、実はそれがベストではない部分がほとんどなんです。
今回オーバーホールしているSERIE IIも、生産時には効率などを考慮してか、ほぼすべての箇所に天然コルクが使われています。

天然コルクの特徴としては、

  • クッション性に優れている
  • ノイズが出にくい
  • 組み立て後に削って微調整しやすい

↑というメリットがある一方

  • 潰れやすくヘタリやすい(変化しやすい)
  • 油や水を吸いやすい

↑というデメリットもあります。

キイによって、バネ圧や操作時に加わる力は違います。
そのため、長年使われた楽器では、「コルクが圧力で潰れ切っている」・「油が回って剥がれかけている」
という状態を見かけることもしばしばあります。

コルクはキイの開きやバランスに関わっています。
つまり、

コルクが時間とともに潰れる
↓
キイの状態が変わる
↓
調整も狂ってくる

ということになります。
できるだけ長く安定した状態を保つために、場所によって素材を使い分けます。

 

2. コルクにもいろいろあります

今回使用しているのはこちら。

左から順に、

  • クッション性に優れた天然コルク
  • 油や力に強い合成コルク(ハイコテックス)
  • 天然コルクと合成コルクの良いところを合わせた人工コルク
  • HTフェルト
  • 天然コルクを固めたような質感のもの


例えばパームD#キイ。
人によっては、かなり力を込めて操作する部分なので、できるだけ潰れにくい合成コルクを選びます。
一方、右手のバランス部分には、潰れにくく、なおかつノイズが出にくいHTフェルトを選びます。

このように「コルクなら何でもいい」というわけではありません。

3. 厚みも選びます

素材だけではなく、厚みも選びます。
0.5mm、0.8mm、1.0mm、1.2mm、1.5mm、2.0mm……
かなり細かく種類があります。

学生の頃は、キイのバランスをやたらとコルクの厚みで調整していた記憶があります。
ただ、今は少し考え方が違います。
厚みを選ぶ基準は、単純に今の「キイの開きやバランスに合わせる」のではなく、

耐久性を保てる厚みを選んだ上で、キイとキイの設置面がどれだけ綺麗に出るか。

ここを重視しています。
そもそも、キイの開きやバランスは設計時に決められた寸法があり、それに合わせて、メーカー各社、それぞれ適切な厚みのコルクが取り付けられています。

それを踏まえて、調整の際に並んでいるキイの中で一箇所だけ「異様に厚いコルクを入れないと合わない」という場合。
それは、コルクの問題ではなく、軸からのキイの角度を疑ったほうがいい。

古くからずっと使われてきた楽器の場合、いろんなリペアマンの手に渡っていますから、いろんな修理を施されている可能性もあります。
また、一度も修理に出していないと聞いた楽器でも、えっ!?というキイが曲がっていることもあり、”組み立て時に帳尻合わせたな”、という修理が見えてくることも少々、、。

とにかく大事なのは、無理にコルクで合わせるのではなく、適切な角度に修正する。
それが根本的な修理だと思っています。

例えば右手や左手の連動を合わせる際に、コルクを削ってバランス調整をするのではなく、
コルクの厚みを揃えた上でキイの角度でバランスを調整することで、見た目も美しいですし、変化の度合いも揃うので、安定した調整を維持することができます。

本来あるべき姿はどうだったのか。総合的にみて、判断していきます。

このあたりは、組み立ての段階で実際の症状が出ていれば、また詳しくお話しします。

4. 接着も、実は大事

そして、もう一つ大切なのが「接着」です。
どの接着剤を使うのか。
また、接着する前に、古い接着剤や油分が残っていないか。
こうした下処理もしっかり確認します。
※接着剤の説明書にも書いてあるように、接着面をヤスリで傷をつけ、接着力を持たせることも重要です!

そして接着剤の量。
私は、あえて少しだけはみ出すくらいの量をつけています。
もちろん、ぴったり必要な量だけで接着できれば、それが一番です。
でも、「はみ出さない=ぴったり、もしくは足りない」ということでもあります。
なので私は、

「少しはみ出る=必要十分な量が入っている」

と考えて、あえて後者を選んでいます。

5. 小さなコルクが、大きな役割を持つ

コルク一つひとつは、とても地味な作業です。
でも、場所によっては、この小さなコルクが外れるだけで、そこから下の音が全部出なくなることがあります。
例えば、

  • 左手上側のコルク
  • G#レバーのコルク
  • 3つ玉G#のコルク
  • Low C#レバーのコルク

など。

昔、実際に聞いた話があります。
ある学生さんが、ソロコンかコンテストで演奏中にコルクが外れてしまい、途中から右手から下の音が出なくなってしまったそうです。
……怖すぎますよね。
もちろん、そこが外れるということは、かなり状態の悪い楽器だった可能性もあります。
でも、もし修理したばかりの楽器で、接着が甘かったことが原因だったら。
「じゃあ、その責任は誰が取るんだ?」という話になります。

ましてコンクールだったら。
その一度の本番が、その人にとってものすごく大事な日だったかもしれない。
そう考えると、毎回やっている地道な作業でも、絶対に適当にできません。
オーバーホールのときはもちろん丁寧にやります。
でも、通常の調整で「組んだままちょっと横着して貼る」なんてことをすると、接着が甘くなる可能性がある。

そういうリスクはできるだけ避けたい。
めんどくさいことをやるのが、リペアの仕事ですからね。
そこは、いつも肝に銘じています。

6. チューブも適材適所

コルクだけではありません。
サックスには、いろいろな場所にチューブも使われています。

今回使い分けるのは、

  • 弾力性のあるシリコンチューブ
  • シリコンを保護したり、滑りを良くしたい部分に使う熱収縮チューブ
  • 力がかかってもヘタリにくいビニールチューブ

など
径違いまで含めると、さらに種類があります。
これも「チューブなら何でもいい」ではなく、場所によって適材適所です。

7. フェルトも選びます

フェルトは基本的に1mmと2mmを使い分けます。
厚みだけでなく、素材の密度やクッション性の違いもあるため、使い分けています。

場合によっては、合成コルクと組み合わせることもあります。
Aキイのフェルト(写真二枚目)は、モデルによってキイの形などが異なるので、都度合う形にカットしています。

キイガードには10mmのフェルトをポンチで打ち抜いて使っています(写真一枚目:右)
キイガード用に、最初から打ち抜かれたフェルトも販売されています。
が、個人的には少し硬いと感じるところがあり、、「こっちのフェルトのほうがノイズが出なくていいな」と思ったものを、あえて手間をかけて打ち抜いて使っています。

こういうところにも、ちょっとしたこだわりがあります。

8. リペアマン、意外といろんな店に行きます

コルクやフェルトって、楽器の業者さんのカタログだけではなく、意外と手芸屋さんに「ちょうどいいもの」があったりします。
たまにオカダヤを覗くのも楽しいんですよね。
ポンチなんかもそう。
「こういう3mm幅のものがあるよ」と教えてもらって、
「お、便利じゃん!」
みたいなこともあります。
キサゲも、彫金用の工具と共通するものがあります。
なので、御徒町の工具屋さんなんかを見るのも楽しい。
ちなみに、今回使っているリークライトは秋葉原の電気街で調達したものです。
今ではAmazonでも買えますけどね。
たしか最初は、ちょっと怖い店員さんに話しかけて買った記憶があります(笑)。

こういう「楽器屋さんではない場所から道具を探す」のも、リペアの面白いところです。

9. どこに何を使うか。それも工房の個性

ということで、適材適所で消耗品の取り付けが完了しました。
実は、

「どこに、どの素材を使うか」

というのは、リペア工房によって、それぞれこだわりがあります。
調整済みの楽器をパッと見ただけで、「あ、このフェルトを使ってるなら、あそこの工房かな」と分かることもあります。
「これ使ってるのは、某メーカーの修理工房だな〜」など。
うちもバレてるのかもしれません😅

でも、見られても恥ずかしくない仕上がりにしたい。
「お、このカットの角度、上手いな」と思ってもらえるような仕事がしたい。
もちろん、そこに必要以上の時間をかけるわけではありません。
ただ、自分が見て、自信を持てる状態に仕上げる。
これは大事にしています。

10. 理想的なタンポ合わせとは?

次に、新しいタンポをカップに入れていきます。
その前に大前提、

理想的なタンポ合わせとは?

①平らなトーンホールに、
②平らなカップとタンポをのせ、
③その時点で光が漏れていない状態を作り、
④そこに熱を入れてタンポを馴染ませ、
全ての面が均一に(同時に)トーンホールを塞いでいる状態。

①のトーンホールの修正については、第二回で詳しくお伝えしましたが、その続き、

②”平らなカップ”の重要性

サックスのカップは、溶接の際に歪んだり、過去の調整でグイグイ曲げられたりして、完全にフラットではないものがあります。

カップの歪みをそのままにタンポを入れると、均等に入らず(歪みをタンポが拾い)、塞がりが悪くなってしまいます。

このように、平らなガラス板にカップを乗せてみると、歪みが一目瞭然です。
これを一つずつチェックして、必要なら修正していきます。

③トーンホールにカップをのせて、光が漏れていない状態

熱を入れて馴染ませる前のこの状態で、光が漏れないようにカップ(と一体になったタンポ)の角度を合わせます。
左右は合わせやすいですが、前後はどうでしょうか。

<例えば>
トーンホールに対してあまりにもタンポが薄いと、カップの手前(軸に遠い方)が先について、アゴ(軸に近い方)が空いてしまいますし、
逆に厚すぎると、アゴが先について、手前が空いてしまいます。

これをカップの角度を修正し切れない場所の場合、別の厚みのタンポを選ぶか、台紙を足して、カップとトーンホールの角度を合わせます。
使用する台紙は、まずカップの内径サイズで丸く切り、タンポ内側の(巻き込んだ)革部分の幅でリング状にして、革全面に貼り付けます。

※重要なのは、決してラックでは厚みを調整しない、ということです。

④タンポとラックの関係性

タンポは、”ラック”という熱で溶ける天然樹脂を使い、カップに接着します。

💡ここで重要なのがラックの量

タンポは、カップに対して平行に、奥まで密着させるように入れます。
※これはタンポ自体の歪みを取るためでもあります。そのために、最低限のラックの量を調節します。

タンポ合わせの際は、キイを取り付けたあとにカップをバーナーで熱し、タンポにトーンホールをアイロンがけにように熱を入れて、跡をなじませます。
とここで、ラックの量が少なすぎる(空間がある)と、密着できず馴染みません。また、多すぎると余分なラックが噴き出てきてしまう。
→噴き出さないように、熱を抑える/密着させないという選択肢はありません。馴染んでいないものは、変化の可能性が桁違いに大きいからです。

カップ(とタンポとが一体になったもの)が、トーンホールにどう接地するか。
それをカップの角度で修正するのが正しいタンポ合わせです。

※ラックは、接着のために入れるのであって、余計に入れたラックの上にタンポを浮かせたり、カップの中でタンポの角度をずらす、というような調整のために入れるのではありません。

各メーカーの新品の楽器は、こうしてタンポをカップに密着させた状態でタンポ合わせをしています。
これは、新品の楽器の(製造時に取り付けられた)タンポを外して、入っているラックの量↓を見れば明らかです。
・タンポの内側の革の部分には、薄い紙1枚分。
・カップと台紙(皮の厚み分の隙間)の空間には、それを埋める分だけの量。

すると、過不足なく必要なラックの量が見えてくるはずです。

また、このようにタンポ合わせを行う利点として、

組み立ての時点で、馴染んだ状態で仕上げることで、時間が経っても安定した状態を保つことができます。

逆に、馴染みきっていないタンポで仕上げると、響きが損なわれたり、キイのタッチのインフォメーション(自分への感覚の返り)が鈍り、操作性にとても不快な印象を与えてしまいます。

理想的なタンポを合わせができていると、操作時に「パツッ」と面で当たる感覚があり、そうでないものは「ふわふわ」とした曖昧な印象を受けます。

また、このタッチ感の違いというのは、音の切り替わりにもかなり影響します。
ゆっくりした曲でも、指はクイックに動かさないと、音と音の間に余計な音が入って気持ち悪くなる。
それに近い感覚でしょうか。
曖昧にしていいことって、そんなにないな。と私は思います。

※これらの方法は、トップクラスの技術指導者が長年培ったノウハウに基づいています。
 他の工房、職人によってはやり方が異なる場合があります。

組み立ての時点で、馴染んだ状態で仕上げることで、時間が経っても安定した状態を保つことができます。

逆に、馴染みきっていないタンポで仕上げると、響きが損なわれたり、キイのタッチのインフォメーション(自分への感覚の返り)が鈍り、操作性にとても不快な印象を与えてしまいます。

理想的なタンポを合わせができていると、操作時に「パツッ」と面で当たる感覚があり、そうでないものは「ふわふわ」とした曖昧な印象を受けます。

また、このタッチ感の違いというのは、音の切り替わりにもかなり影響します。
ゆっくりした曲でも、指はクイックに動かさないと、音と音の間に余計な音が入って気持ち悪くなる。
それに近い感覚でしょうか。
曖昧にしていいことって、そんなにないな。と私は思います。

※これらの方法は、トップクラスの技術指導者が長年培ったノウハウに基づいています。
 他の工房、職人によってはやり方が異なる場合があります。

10. まとめ

ということで、やっとすべての「下ごしらえ」が完了しました!
ここまでの作業を、こうして一つひとつ意識して説明してみると、改めて身が引き締まりますね。

今回紹介したのは、

  • コルク・フェルトなどの消耗品
  • チューブ
  • カップの歪み
  • タンポの取り付け

といった、一見すると細かくて地味な作業ばかり。
でも、こういう細かい部分の積み重ねが、最終的な吹き心地や音の切り替わり、そして楽器の安定性につながっています。

いよいよ次回は……組み立てです!
ここまでずっとパーツばかりだったので、「結局どこのやねん!」という感じだったかもしれませんが(笑)
次回から、だんだん見慣れた「サックス」の形になっていきます。
「ここって、こうやって組まれてたんだ!」と思ってもらえる内容になるはずです。

では、次回をお楽しみに!✨

この記事を書いた人:武智 (大久保管楽器 サックスリペア担当)
バリトンサックス吹き。愛用楽器はSelmer Paris SERIE2。

略歴:
神奈川県出身。グローバル管楽器技術学院卒業。社会人吹奏楽団に所属中。

保有資格・実績:
大久保管楽器のサックス修理を一手に担い、これまで500本強のオーバーホールを仕上げる。

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