1944 Martin D-18
"Peter Fonda"

アドバンスギターズ

映画界のレジェンドの魂を宿すヴィンテージギター"

"ギターは人の手に渡ってはじめて歴史となります"

世界中の人々の手に渡っていくギターには、それぞれの物語が刻まれています。
ヴィンテージギターに携わっているからこそ、その楽器が持つ特別な感動や体験を理解できるのです。
楽器の数だけ物語が存在するなかで、時には「誰の手に渡ったか」という理由で、伝説となるギターが生まれることもあります。

例えば、
ボブ・ディランがデビューアルバム『Bob Dylan』(1962年)をはじめ、初期に愛用した 1947年製 Gibson J-50
エリック・クラプトンが名盤『アンプラグド』で使用した 1939年製 Martin 000-42そして、カート・コバーンが『MTVアンプラグド』の伝説的なギグで手にした 1959年製 Martin D-18E

これらのギターは、持ち主や楽器そのものの意思とは関係なく、歴史の中で崇拝の対象となっていきました。
この現象は、音楽の世界ならではのユニークな出来事と言えるでしょう。

当店の歴史においても、
そうしたミュージシャンの魂が宿るギターに触れることはありましたが、
中でも"歴史"となったとあるギターがこの度、アドバンスギターに入ってきました。

それが今回ご紹介する、名優"ピーター・フォンダ"が所有していた1944年製 Martin D-18です。

"Wartime" Martin

本題に入る前に、1944年製 Martin D-18について着目しなければなりません。昨今はヴィンテージ市場というのも世界的に活気づいており、1940年代のマーティン・ギターというだけでも特別な存在です。

このギターが生まれた1944年は第二次世界大戦中であり、世界が戦争に揺れていた時代。戦時中の混乱の中でもMartin社は伝統の技術を守り、職人たちが生み出したこのD-18は、Martin社の歴史を語る上でも特別な1本、いわゆる"ウォー・タイム"のギターであります。

1941年12月8日 真珠湾攻撃により日本との開戦に突入すると、軍事物資である金属が従来通りに利用できなくなり、Martin社にもその影響が出始めます。本個体にも、それによる特徴的な仕様が見られます。

まず、この時代特有のシャープにエッジの立ったヘッドストックに着目したいです。チューナーには、クルーソン製のプラスチック・ノブ付きオープンバックが採用されています。

1942年頃まではノブ(つまみ)も金属製でしたが、戦争の影響により仕様変更を余儀なくされたと考えられます。
さらに細部を見てみると、ペグをヘッドストックにしっかりと固定する金属ブッシュが使用されていません。
こうした細かな仕様からも、当時の時代背景を感じ取ることができ、大変興味深いです。

次にネックの補強材、"トラスロッド"についてです。
1934年以降、Martin社では金属製のTバーロッドが採用されていました。
しかし、この個体には、エボニー材を角棒状に加工し、
ネック内部に埋め込む エボニーロッド が補強材として使用されています。

これは、戦争の影響を受けた仕様変更のひとつとして広く知られています。
とはいえ、1934年以前は、このエボニーロッドが標準的に採用されており、原点回帰という見方もできます。
金属製のトラスロッドと比較すると重量が軽く、音響面にも影響することは想像に難くありません。
ネックが軽量化されることでネック鳴りのポテンシャルを最大限に引き出し、奏者の表現をより鮮明に音に映し出しております。


※Marti Guitars : A Technical Referenceより抜粋

また、使用される木材も特別です。
トップにはアディロンダック・スプルース、サイド&バックにはホンデュラス・マホガニー、指板とブリッジにはエボニーを使用。
80年以上の歳月を経て、自然にエイジングされた木材というのは、
現在のMartin 最高級 "Authentic Series"を持ってしても、"全く同じ"にはなりません。

この年から ノン・スキャロップド・X-ブレイシング が採用され始めたことも特徴のひとつです。
当時はヘヴィー・ゲージなどの太い弦を張ることが主流となっていたため、楽器の強度を確保する目的で導入されたと考えられています。

こうしたひとつひとつのピースが合わさった1944年製 D-18が奏でる音色というのは、美しく透明感のある繊細さと、力強さを併せ持っているように感じます。
コードを鳴らせば、まるで薄く透き通ったガラスを連想するような繊細な音が立ち上がり、その余韻は氷の結晶が溶けるように滑らかで儚い。
そして、シングルノートの旋律は、冷たく乾いた朝のように澄んでおり、空間全体に輝きをもたらします。
その一方で、深いストロークでは豊かでボリューミーな低音が加わり、まるで大きな氷塊が静かに水面を揺らすような力強さを感じさせます。
繊細さと力強さが同居するその音色は、この時代のD-18ならではといえるでしょう。

戦時中、人々が音楽に求めたのは、希望と癒し。
アコースティックギターには、人々の心に響く音が求めらたことでしょう。
このD-18もまた、そうした時代の願いを音に変える役割を果たしたのだろうと想像します。
このように貴重なD-18が持つ、もうひとつの特別なストーリー。

それがかつて"ピーター・フォンダ"が所有していたギターであるということです。

ピーター・フォンダ

ピーター・フォンダ(Peter Fonda, 1940年〜2019年)は、アメリカの俳優・映画監督。ハリウッドの名門フォンダ家の生まれで、父ヘンリー・フォンダ、姉ジェーン・フォンダとともに映画界に名を馳せ、1960年代から映画・テレビで活躍しました。
特に1969年の映画『イージー・ライダー』では主演・脚本・製作を務め、カウンターカルチャーの象徴的存在となりました。

1977年には主演を務めた映画『アウトロー・ブルース』が話題となり、アメリカン・ニューシネマの重要な作品とされています。この作品では自由を求めて社会からはみ出していく若者像を描き、彼自身の自由主義的精神が色濃く反映されています。

フォンダは若い頃、LSD体験や反体制的な発言で注目を集め、ビートルズの「She Said She Said」の歌詞にインスピレーションを与えたことでも知られています。自由と反逆を体現した彼の姿は、アメリカ映画史に稀有な存在感を残しました。

Martin 1944 D-18 "Owned and Played by Peter Fonda"

"ピーター・フォンダ"、その名が象徴するのは、自由、反逆、そしてカウンターカルチャーの時代です。
1960年代から1970年にかけてのアメリカは、ベトナム戦争、公民権運動、カウンターカルチャーなど、多くの社会的・政治的変動が起こっておりました。
音楽シーンにおいては、ピート・シーガーやウディ・ガスリーの影響を受けたボブ・ディランがプロテスト・ソングを歌い、ジョーン・バエズとともに当時のフォークの中心にいました。
映画業界でも、社会や政治に対する反体制的なメッセージや批判的な視点を取り入れた作品が制作され、その時代の作品群を日本では"アメリカン・ニューシネマ"と説明されております。

そんな激動の時代、映画製作に従事していたピーター・フォンダの歩みを静かに支え続けた1944年製のMartin D-18が存在します。
このギターには、映画の舞台裏から旅先の風景まで、彼の人生の一端が刻まれていることがわかります。

UPS(United Parcel Service;貨物運送会社)の配送伝票が貼られたギターケースには、彼が多忙な日々の中でこのギターをいかに手放さなかったかを物語る手がかりが残されております。

撮影地や宿泊地へと旅を続けるピーター。彼のそばにはいつもこのD-18がありました。
伝票に記された住所を目にすると、彼がギターを抱えて過ごした旅先の一場面が浮かび上がるようです。
ホテルの一室で、撮影の合間にギターを手に取りながら作曲をする彼。
移動中の車内で、メロディを口ずさむ彼。
そのすべての場面で、このギターが静かにその音色を響かせていたことでしょう。

そして彼が実際にどのように弾いていたか?
その秘密はボディに隠されております。


右利き用ギターを左利きで構えるという彼特有の奏法は、通常のピックガードとは反対側に残る弾き傷に表れます。この傷跡は、彼がどれほど真剣に音楽と向き合い、ギターと一体になっていたかを象徴しております。


彼がギターを手にし、撮影現場や旅先で奏でた音楽。
その中には、彼自身の人生観や自由への想いが詰まっていたはずです。
この傷ひとつひとつが、彼の人生をともに歩んだこのギターの「記憶」として、今もそこに存在しております。

そして誰しもがその「記憶」に触れることができる作品があります。

映画『アウトロー・ブルース』

彼の代表作であるこちらの作品で、使用されました。
実際にピックガードの一部分が隆起している痕や、ステッカーの痕が確認できます。

映画『アウトロー・ブルース』

そしてその音色は、彼の想いを代弁し、観る者の心に深く響いたことでしょう。
ギターが持つ音の力は、彼自身が語らなくても、彼の自由を求める魂を伝えていたのかもしれません。

"サインに込められたメッセージ"
このギターには、ピーター・フォンダの直筆サインが残されています。
そのサインは、映画や音楽、そして彼の人生そのものを象徴するような存在感を放っています。
見る者の目を引くその文字に込められた想いを、次に手にする人がどう感じるか。
それは、このギターを迎える人の自由です。

Advance Guitarsにて、静かに展示されているこのD-18。
その存在感は、ただそこにあるだけで、多くのストーリーを語りかけてきます。
このギターに宿る歴史を感じ、音色を想像することで、ピーター・フォンダが歩んだ軌跡を追体験することができるでしょう。
このギターと出会うことで始まる新たな物語。
それは、あなた自身が自由と音楽の世界に飛び込む第一歩となるかもしれません。

後書き

冒頭でも記した通り、ヴィンテージギターが持つ歴史には数多く触れておりますが、その中でも強大で尊い品物であると感じました。
"第二次世界大戦"、"ピーター・フォンダ"、"カウンター・カルチャー"など、このギターに込められたメッセージは莫大です。
こうした歴史に触れるというのは、他のギターでは体験できないことであり、価値あるものだと感じます。
果たしてギターの魅力とは何なのか、それを所有して奏でることの意義について考える一助となっていれば嬉しいです。

Advance Guitars 店長 井上