「ナム・ミュージアムに10年間展示されていたという博物館クラスのギター」

MOSSMAN / 1988年製 Super Custom by Baxendale

Stuart Mossman

 アメリカの名工 "Stuart Mossman (スチュアート・モスマン 1942-1999)"。彼のギター製作は、1961年、場所はカンサス州ウィンフィールドのとあるガレージで始まりました。ナイロン弦ギターを皮切りに40〜50本のプロトタイプが数年かけて作られたと云われております。
 大きな転換点となったのが、伝説のフォークシンガー“ドク・ワトソン”との出会いでした。モスマンは彼にギターを持っていき、厳しいアドバイスを受け、次のギター製作へと活かしたそうです。
そして1969年、フィラデルフィア・フォーク・フェスティバルでワトソンに別のギターを持っていき、「今まで弾いた中で2番目に良いギターだ 」と唸らせることに成功しました。

 

 事業にも波が乗り、これまでにMossmanを使用したミュージシャンの中にはジョン・デンバーやエリック・クラプトンといったレジェンドたちも名を連ねます。有名なモデルとしては、名手 “ダン・クレアリー”の“グレートプレーン”モデルが挙げられます。
彼の驚異的なテクニックとその軽快なサウンドは、聴くものを大いに魅了しました。
 1985年、モスマンは健康上の理由もあり、かつてモスマン・ギターズに在籍していたスコット・バクセンデールにブランドを売却します。

John “Scott” Baxendale b)
5-28-1954

 スコット・バクセンデールは1974年10月、カンザス大学を中退し、同州ウィンフィールドにあるモスマン・ギターズで働き始めます。カンザス州ウィンフィールドは、全米フラット・ピッキング・チャンピオンシップで知られる “Walnut Valley Festival”の開催地で音楽が盛んな地域でもあります。彼が職場を離れる1976年後半には、モスマンのギター工場の仕上げと最終組立・セットアップ部門の現場監督を務めていました。その後、カンザスシティに移り、Swift Music Repairで働き始めましたがそこを離れると、1978年にはナッシュビルのGruhn Guitarsでヴィンテージギターのレストアに携わるようになりました。後に彼は、グルーンでの経験を“素晴らしかった”と語っており、エルヴィス・コステロ、ジョージ・ハリスン、ビリー・ギボンズのギターや、ハンク・ウィリアムズがヒット曲をレコーディングしたヘリンボーンのD-28(現在はニール・ヤングが所有)なども手がけました。現在は、ニューメキシコ州サンタフェでBaxendale Guitarを運営。ギターの製作やリ・マニュファクチャリングについての教育に従事しております。

Gruhn Guitarsでの経験

 スコット・バクセンデールがGruhn Guitarsに勤めている間、彼は戦前のMartin、Gibson、そしてLarson Brothersといった名作ギターのブレーシングデザインを研究することに多くの時間を費やし、独自のチューニングを施したスキャロップド・ブレーシングデザインを考案しました。このブレーシングデザインは、それ以降に彼が製作したすべてのギターに採用されており、今でもこのデザインをベースに少し変化を加え、新しいカスタムギターや、Baxendale Guitarの事業の大きな部分を占めている“the new remanufactured vintage guitars” (新しく再生されたビンテージギター)に取り入れられております。

Scott BaxendaleとMossman Guitars

 バクセンデールは1983年にGruhn Guitarsを去った後、カンザス州ウィンフィールドに戻り、スチュアート・モスマンのもとで再び働き始めます。バクセンデールに新しいブレーシングデザインを披露されたモスマンは、1985年の引退直前に製作した最終組のギターたちにそのブレーシングデザインを採用しました。
 1985年8月、バクセンデールは家族の協力を得て、スチュアート・モスマンからモスマン・ギターズを買収。ギター工場をカンザス州ウィンフィールドからテキサス州ダラスへと移しギター製作を開始させます。その後5年間(1985年から1990年)で、彼が製作したモスマン・ギターズのギターは約250本にのぼります。
 その後、モスマンというブランド名はテキサスのジョン・ケンジーという人に売られてしまうのですが、今回紹介するギターというのは、1988年にバクセンデールがダニー・デーベンポートという人のために作ったギターであります。

 アドバンスギターズはスコット・バクセンデール本人とのコンタクトに成功し、製作にいたるまでの歴史やギターに込められた思いを聞くことができました。


Mossman Custom Superlative WB guitar by Scott Baxendale

 テキサス州ダラスでモスマンギターの製作を始めて間もなく、バクセンデールは日本でも有名なアメリカンレストランであるハードロックカフェから34フィート(約10メートル)のギターの形をしたバーカウンター2台の製作を依頼されます。1本はストラトキャスター、もう1本はレスポール。どちらも実寸大の10倍の大きさで、ピックアップ、ノブ、フレットといったハードウェアはすべて無垢の真鍮から削り出されていました。

 

 時は少し遡り1980年代初頭、ワーナブラザーズのプロモーション及びA&Rマンであったダニー・デーベンポートは、
アトランタのクラブでトラヴィス・トリットと出会い、ホーム・スタジオで彼の最初のレコードをプロデュースします。ダニーはトリットとWB契約を結び、後にトラヴィス・トリットの最初のナンバーワンヒット曲となる「Country Club」のミュージックビデオで使用するギター、Mossman Custom Superlative WB guitarの製作をバクセンデールに依頼します。

 バクセンデールがデザインした“Superlative(最上級)”は、カッタウェイ付きの薄型ドレッドノート。
最初の“Superlative”は、カール・パーキンスのために製作されたギターで、ブラックフィニッシュ(ラッカー仕上げ)のスプルーストップに、ローズウッドのサイド&バックが採用されていました。

 

 

 そして今回のワーナー・ブラザース・カスタム・モデルは、彼が1988年に製作した2本目の“Superlative”です。
スプルース・トップにメイプル・サイド&バックを組み合わせたギターですが、このギターの製作依頼を受けた当初は、実際のものとは大きく異なるものになる予定だったとのこと。そこからバクセンデールとダニーはデザインとインレイについて数ヶ月に渡り議論を重ね、最終的に彼らが理想とする今回のデザインにたどり着きました。

 

 

1980年代半ば、テキサスの音楽シーンでは、ファッションや音楽のトレンドと共に、1950年代のレトロなスタイルへと回帰するムーブメントが起こっていたそうです。その一例としてあるのが、ロカビリーとブルースのリバイバル。
1950年代当時、エルヴィス・プレスリーは、レザー・カバーを取り付けたMartin D-28を愛用し、バディ・ホリーもまた、愛機である1943年製 Gibson J-45に手作業で型押しされたレザー・カバーをつけておりました。そのようなギターは、その時代を代表するデザインのひとつだったのです。

 バクセンデール達はそこからインスピレーションを得ることで、ボディトップのデザインへと反映させました。しかしながら、レザーが音質を阻害する可能性を考慮し、それを避けるためにトップラッカー内部に手作業でペイントを施すことにしました。レザーを使用しないことで、アコースティックギター本来の響きを可能にしながらも、1950年代のレトロなスタイルを実現しております。

 

 紋様の中に描かれたワーナーの代表的キャラクターである“バッグス・バニー”は、80年以上にわたり世界中で愛されており、主演した短編アニメ「Knighty Knight Bugs」(1958年)は、アカデミー賞も受賞。本器では片手にニンジンを持ったおなじみのスタイルで、遊び心を演出しております。この他、ピックガード、ヘッドストックに刻まれた薔薇などの彫刻はすべて手作業で施されております。

 

 指板のインレイはジョン・マクゴーワンがデザイン。彼はダラスの地元のアーティストで、ギターのインレイとグラフィックデザインを手伝うことに非常に興味を持っており、このプロジェクトに参加しました。そしてバクセンデール社によって切り出しと象嵌が行われました。このギターには、約1000個のパールとアバロンのインレイが施されています。豪華絢爛とはまさにこのこと。一方で指板にも“隠れ”バッグス・バニーが確認でき、なんとも“粋”です。華々しさだけでなくこうした繊細さもギターに命が吹き込まれる所以といえます。

 

 

ボディの厚みはネック側で約65mmですが、スコット・バックセンデールが考案したブレーシングデザインがこちらのギターにも採用されており、大きく豊かな音を奏でます。

 

 

ギターケースもこのギターのために特注で製作されております。古着屋で購入した古いミンクのコートを再利用し、ケースの元々の裏地をミンクの毛皮に交換。ケースの外側は革で覆われ、こちらもまた手作業で仕上げられています。

 

 

製作までに費やした時間は実に400時間以上。当時のテキサスの音楽シーン、ワーナー・ブラザースの思いをのせた職人技が随所に光るハンドメイドギター、それがMossman Custom Superlative WB guitarです。

 

 

実際にトラヴィス・トリットの「Country Club」のMVやコンサートでもこちらのギターの使用を確認できます。

 

 

 このような歴史的な価値もあり、一時はカリフォルニア州にあるThe Museum of Making Musicにも展示されていました。この博物館はNAMMの一部門であることから別名ナム・ミュージアムとも言われ、アメリカのポピュラー音楽の歴史に関する450以上のヴィンテージ楽器や資料が展示されているいわば楽器の聖地。本器は、まさにギターの域を超えた逸品といえるでしょう。

 そしてシンコー・ミュージック・ムック/アコースティック・ギター・ブック9の表紙も飾っております。

 

ACKNOWLEDGEMENT

Scott Baxendale,
I would like to express my deepest gratitude for your generous contribution of information and resources regarding guitar making for this project. I am especially thankful for the extraordinary craftsmanship you have demonstrated throughout your career, which has resulted in the creation and preservation of truly remarkable instruments. Your legacy continues to inspire and enrich the world of luthiery.

-Yosuke Inoue