日本を代表する、現場に一番近いクラフトマン
T.S Factory
レオの遺伝子を受け継ぐ!? ひねくれ者頑固職人のこだわり
T.S factory 代表 角田氏プロフィール
ダイナ楽器工場に勤務。F/Jを始めとする有名ブランドのボディ検査部門を務める。その後、ESPギタークラフト課の講師を経て、生まれ育った東京都足立区に自らの工房「T.S factory」を設立。以後、20年以上に渡り多くの有名メーカーや人気ミュージシャンたちの楽器のケアやリペアをする傍ら、オリジナルギターも製作している。工場叩き上げの頑固職人ならではの妥協のない仕事ぶりは、幾多のトップミュージシャンや楽器メーカーからも厚い信頼を寄せられている。
一般のお客様お断りの禁断の工房
T.S factoryでは基本的に一般の方の修理は受け付けていない。工房内の立ち入りも一部の関係者に限られる。その理由は?何か秘密があるのか?潜入取材を試みた。「いや~別に勿体をつけるつもりはないんですが~。修理中の楽器とか見る人が見れば誰のかわかっちゃうじゃないですか~。」そう言われて工房内を見渡すと!えっ!これ、もしやあの人のギター?とか、これはテレビで見たアレだ!とか、修理待ち中のケースにも錚々たる人たちの名前が書いてあるではないか。信頼関係でメンテをしているため依頼者の名前は出したくないとのことで、それを伝えられないことは本当に残念である。「名前を出せば超有名になれるのに」と下世話なことを思うが、それは彼の美学に反するらしい。しかし逆にそうした美学こそ、彼が第一線のミュージシャンたちから厚い信頼を得ている理由なのかも知れない。一切の誇張なしに、驚くばかりのトップアーティストが密かに集う工房ということだけは伝えておきたい。
何もこだわらない どこにも手を抜かない
厳選された高級木材をビルダー自らが選んで使用…しません!
「T.S factoryのギターで使用している木材は全て、アイチ木材から仕入れています。選びに行ったりしません。毎日毎日、木材を丸太で仕入れて選定している木材屋さんの方が、よほど見る目は確かじゃないですか。ギター職人が気まぐれで選びに行った所で、良いものと出会えるとは限りません。木材のことは木材のプロに任せる方がずっと合理的で、良い結果に繋がるのです。」
極薄のラッカー塗装に拘り木材本来の鳴りを重視…してません!
「そもそもFenderだって、副業でやっていた車用の塗料の残りを使って塗装していたんです。それがたまたまニトロセルロースラッカーだっただけ。塗料そのものに秘訣はありません。だいたい木材本来の鳴りってなんですか。板の段階で鳴ってたって、材の組み合わせや加工法によって音は変わる。それに一番適した塗装をすることが重要なんです。塗料にとらわれていては自由な発想ができません。」
精密で高精度な仕上がりに…自信ありません
「ギターってそんなに精度必要ですか?まあ、ある程度 の精度は必要ですが。一番重要なのはそこじゃない。例えば塗装面だって鏡のように綺麗に仕上がっていれば見た目はいいですが。でもある程度の凹凸を残す方が鳴りが良い場合もある。寸分の狂いもないジョイントが逆に鳴りを妨げることもある。必要以上の精密さってビルダーの自己満足だと思うんです。そんな精密機器、汗まみれ のステージで使おうと思いますかね?」
アクティブサーキットにより多彩な 音作りが…不可能です
「基本的にパッシブです。まあアクティブもやれって言われればできなくはないですが。でもアクティブって結局サーキットの音で、どれも一緒になっちゃうんですよね。面白くない。あと最近のサーキットって極端なものが多いですよね。それどこで使うんですか。例えばライブハウスくらいの大きさで低音とか本気でブーストしたら、それはもう音ではなく振動です。そんな音いります?音楽を演奏する上で必要な音さえ出れば充分なんです。それ以上も以下もいりません。」
作ってるのは道具です
「装飾品や芸術品じゃない。ミュージシャンが音楽を演奏するための、あくまでも道具。だからいかにストレスなく使うことができるか、それにこだわって作っています。特に手間をかけているのはネックの握り。新品だけど握った瞬間に、長年弾き込んだギターかのように感じるはずです。ちょっと弾いてみるつもりが、時を忘れて弾き続けてしまう。そんなギター作りを目指しています。壁に飾っておくなんてことはしないでくださいね。」
音はミュージシャンが決めるもの
「このモデルはこういう音、とか言いたくないんですよ。もちろん狙っている所とかはあるんだけど、それは作る側が言うことではない。ストラトだってジミ・ヘンドリクスやジェフ・ベック、みんなそれぞれ独創的な音を出しているでしょ。スポットライトを浴びて喝采を受けるのは、あくまでミュージシャン。ギターの音が良いんじゃなくて、その人の音が良いと言われてほしい。こちらとしては、そんなミュージシャンたちが気持ち良く演奏に集中できるように最善を尽くすだけ。楽器が主張するのではなく、あくまでミュージシャンが伝えたいメッセージを忠実に届けるためのツール、楽器というのはそういうものだと思っています。」
下町のレオ
如何であろう。このひねくれ者ぶり。これまで様々なギター製作者と接してきたが、普通はビルダーのこだわりや主張がもっと熱く語られるもの。しかし彼は何にもこだわっていない。いや、こだわらないということにこだわっているというべきか。それが結果、楽器の音へと最短距離で直結している。徹底的な合理主義と言えるだろう。
そう、まさに「下町のレオ」。彼が敬愛するレオ・フェンダーの合理性、そしてそれによる革新的なフロンティアスピリッツがここに受け継がれていると言えるだろう。
そして音に対する最短距離の合理性こそが、サウンドのみならず価格的にも大きなポイントとなっている。一般のこれだけのギターを都内の工房でハンドメイドしたら、一体どれくらいの金額となるだろうか。無駄な要素を廃した合理的な考えこそが、さまざまな面で「プレイヤーに優しい」楽器作りを可能にしているのである。
T.S factoryへ潜入
東京、下町にあるT.S factory。都内の工房としてはかなり広く、さまざまな専用工具が並べられている。いくつもの工房を知る筆者にとっても、驚きの広さと充実度で、他では見られないような工具を目にすることができる。中には「これ何に使うの!?」というようなものも見られた。
木材もかなり豊富な種類が所狭しと積まれている。希少材はもちろんのこと、かなり古いものも見受けられる。「昔買って、放置してるだけ」と語るが、新しい材をそのままギターに使うことはほぼなく、最低でも数年は寝かせてから使うとのこと。T.S factryのギターは「そこらへんにある材を適当に使って」作っているそうだが、「そこらへんにある材」の年季が違う。何もこだわらないフリをしているが、実はしっかりこだわっているのがわかる。
組み込み中のギターと組み込みを待つギターたち。
こちらは組み上げられたばかりのボディ。ほとんどのモデルに共通しているのは、複数枚の材を積層状に重ねたラミネイトトップだが、こうすることで理想的な響きを得られるという。「何にもこだわらない」って言って、ちゃんとこだわってるじゃないですか。
セットネックやセミアコのモデルもある。赤のバインディングのボディが気になることろ。
塗装完了後のセミアコたち。赤バインディングのモデルはユニークなカラーリングになっていた。仕上がりが楽しみ。
こちらもとてもユニークなボディ。なんと切り株を削り出したとのこと。リアピックアップの位置あたりにある年輪がそれを特徴づけている。しかし、パーツを取り付けてしまえば見えなくなってしまうのに。誰も気づかないところにこだわる。それがT.S factoryの美学なのだろうか?
別の角度から。トップ材の下に切り株ならではの立体的な年輪が窺える。一般的な木材の常識にとらわれず、さまざまな木材を取り入れていくチャレンジングな姿勢と、そしてそれで音をまとめ上げていく才能はやはり、レオのスピリットを感じざるを得ない。
次の機会に訪れた時には塗装が完了していた。塗装が乗ってしまうと切り株であることはもはやわからない…。が、どんなサウンドに仕上がるのか、非常に楽しみである。