Martin D-45の歴史
なぜ“世界最高峰のアコギ“と呼ばれるのか

Martin D-45が “究極のアコギ” と呼ばれる所以|なぜD-45は高額なのか?

“アコースティックギターの頂点" そう形容されたとき、真っ先にその名が挙がるのがMartin D-45です。

なぜこれほどまでに特別な存在として神格化されるのか。その理由は、単なる「高級ギター」という枠を超えた、楽器としての完成度と歴史的背景にあります。

D-45は、Martin社が持つ技術を結集し、贅を尽くした「フラッグシップモデル」として誕生しました。選別された最高級の木材、熟練職人による緻密なインレイ装飾、そして何より、ドレッドノートというボディ形状が到達し得る理想的な鳴りのバランス。

プレイヤーが一生をかけて追い求める「憧れ」のすべてが、この一本に凝縮されています。

プリウォー(戦前)Martin D-45とその価値|戦前のD-45が伝説と呼ばれる理由

D-45の歴史を語る上で避けて通れないのが、「プリウォー(戦前)」モデルです。1933年から1942年までの間に生産された個体は、わずか91本。しかし、その輝かしい歴史は第二次世界大戦の影とともに突如として中断を余儀なくされました。

1940年代に入ると、Martin社は戦時体制の中で厳しい現実に直面します。金属や木材といった資材の深刻な不足に加え、インレイに欠かせない真珠貝の主要な仕入れ先であった日本からの輸入が途絶えたことも、D-45の生産を困難にさせる大きな要因となりました。1943年には、贅を尽くしたインレイを特徴とするスタイル40番台のギター製作が最後を迎え、D-45は一度その歴史の幕を閉じることになります。

戦後、1945年ごろに3代目のフランク・ヘンリー・マーティンが社長に就任しますが、彼自身の持つ「質素さや簡素さこそがギターの気品である」という強い美意識からか、戦後長きにわたり、Martin社としてきらびやかな装飾を持つ高級ギターの再生産には踏み出せずにいました。この結果、戦前の豪華なD-45は市場から姿を消し、「伝説」として語り継がれる存在となったのです。

こうした時代背景が、戦前モデルのD-45がなぜこれほどまでに特別な価値を持ち、現代において高額で取引されるのかという問いへの答えの一つでもあります。

そして今、このプリウォーD-45という物語に拍車をかけるような形で、Martin社において前代未聞のプロジェクトが始動しました。その名も「Project 91」です。

このプロジェクトの「91」という数字は、プリウォーD-45の総生産本数そのものを指しています。Martin社は、かつて作られた91本の実機が持つ仕様や個性を徹底的に調査し、そのシリアルナンバーに適合した当時の特徴を、現代の技術で可能な限り忠実に再現しようとしています。

発表されているモデルは、まさに「伝説の現代復刻」と呼ぶにふさわしい仕上がりです。例えば、D-45の始まりとなったジーン・オートリー仕様の再現や、希少なラージボディを持つ1936年製D-45Sの蘇生など、かつての職人たちが刻んだ歴史を一つずつ紐解くような試みが続いています。

1本1本が異なり、世界中に散らばったオリジナルモデルと向き合い、それを現代の技術で再現していくこの壮大な旅路は、数年単位のプロジェクトになると予想されます。かつて私たちが手にしたあの大切なD-45も、いつかこのプロジェクトで再会できるのではないか。そう考えると、ヴィンテージ・ギターの歴史がいかに豊かで、そして現在進行形で更新され続けているかを強く実感せずにはいられません。

ハカランダ仕様の価値について考える

Martin D-45が「究極のアコギ」として多くのプレイヤーを魅了し続けている理由は、単に特定の木材だけにあるわけではありません。しかし、ヴィンテージ・ギターの歴史を語る上で「ブラジリアンローズウッド(ハカランダ)」の存在は避けて通れない重要なトピックです。

戦前モデルに代表されるハカランダ仕様の個体は、プリウォー・マーチン特有の艶やかな響きと、底知れない深みのある低音を宿しています。それはまるで深い海のような奥行きを持ち、プレイヤーの指先のニュアンスを余すところなく昇華させる豊かな倍音を生み出します。希少な銘木が弾き出す重厚かつきらびやかな響きは、多くのギタリストが夢見る音ではないかと思います。

一方で、1970年以降に主流となった「インディアン・ローズウッド」を使用したD-45も、決してハカランダの代替品などではありません。インディアン・ローズウッドを採用したモデルは、立ち上がりの良さと、より均整のとれた豊かな中低域、そしてマーチンらしい煌びやかな高音域を備えています。数多のトップアーティストたちが、その「繊細かつ煌びやかな鳴り」を求めてステージの相棒に選んできたのは、まさにこのインディアン・ローズウッドモデルの美点ゆえです。ヴィンテージという枠には収まらない、その時代の楽曲環境にも完璧にフィットする洗練されたトーンバランスこそが、D-45というモデルの裾野を広げ、不動の地位を築いてきたといえます。

今日、ワシントン条約による厳格な輸出入規制の影響もあり、ハカランダ仕様のD-45に出会える機会は極めて希少となりました。1980年代以降もごく少数の特注(カスタム)モデルなどでハカランダが使用されることはありましたが、木材をめぐる状況がかつてなく厳しい現代において、Martin社が「Project 91」を始動させたことには、非常に大きな意味があります。伝説の91本を蘇らせるこの壮大な試みにおいて、再びハカランダという素材が選ばれている事実は、現代にハカランダのギターを生み出すということの意義を、より一層尊いものにしていると感じずにはいられません。

今後、私たちがハカランダ仕様のD-45を実際に目にしたり、その手に触れたりする機会は、これまで以上に得難く、希少な経験となっていくことでしょう。しかし、時代や仕様を超えて愛される「D-45」という傑作の本質は、木材の個性という枠組みを軽やかに超え、Martinというブランドの誇りそのものとして、これからも多くのプレイヤーを魅了し続けるはずです。

ヴィンテージD-45を紐解く|現代D-45との違い

最高峰のアコギとして君臨し続けるD-45ですが、その歴史を深掘りしていくと、目に見えない内部構造や細かな部分で絶え間ない試行錯誤を繰り返していることがわかります。

私たちが日々、歴代のD-45の細部を観察するたびに感じるのは、Martin社がいかにして「黄金時代の音」を守りながら、その時代のプレイヤーが求めるものに合わせてギターを進化させてきたかという歴史の重みです。

D-45に限定される話ではありませんが、「目に見えない劇的な変更」の最たる例としてトラスロッドの変遷が挙げられます。

いまでこそ、アコースティックギターにおいてネックの反りを調整できるアジャスタブル・ロッドは「あって当たり前」の機能です。事実、この画期的な機構は1920年代にはすでにGibson社によって発明されていました。それにもかかわらず、Martin社は1985年に至るまで、一貫して調整不可能なノンアジャスタブル・ロッド(Tバーやスクエア・ロッドなど)を採用し続けました。

背景には、バイオリンのように「ネックリセット」という確立された修理技術を持っていたという事実もあるでしょう。しかし何より、伝統的な技法への絶対的な誇りと、それがもたらす「音へのこだわり」があったのだと思います。世間の一般常識や調整のしやすさに流されず、あくまで自らの流儀を貫いたことは非常に大きな意味を持ちます。だからこそ、1985年にアジャスタブル・ロッドへ移行したことは、外見からは見えないものの、極めて劇的な仕様変更だったと言えるのです。

実際に弾き比べてみると、その音の違いは確かに感じられます。スクエア・ロッドを採用した個体が芯の強い骨太なトーンを放つのに対し、アジャスタブル・ロッドの個体はしなやかでバランスが良く、非常に扱いやすいサウンドという印象を受けます。

興味深いのは、アジャスタブル・ロッドが定着した後の1990年代に、1970年代のD-45への強い憧れからか、限定的にスクエア・ロッド仕様のモデルが製造されたことです。Martinの伝統とこだわりが、いかに深くユーザーの心に息づき、愛されているかがわかります。

戦前モデルが持つ野太く深い鳴りも、現代モデルが持つ洗練されたトーンバランスも、すべては実機の細かな部分に理由が隠されています。年代ごとの違いを比較することで、なぜそのD-45がそのような音色を響かせるのか、そこに思いを馳せる楽しみというのもあると思っています。

そうした細かな歴史の積み重ねを後述のD-45ギャラリーでお楽しみいただければ幸いです。

著名アーティストたちに愛されたD-45

D-45の名を世界中に知らしめたのは、いつの時代も時代を牽引するトップアーティストたちでした。その先駆けであるジーン・オートリー(Gene Autry)から始まり、数々の伝説的なミュージシャンたちがD-45を手にし、歴史的な名曲を紡いできました。

華やかな装飾による圧倒的な存在感。そして、楽曲を支える低域の深みと、アンサンブルの中で突き抜ける高域の煌びやかさ。アーティストたちがこのギターを選んだ理由は、単にルックスが豪華だからだけではなかったことと思います。彼らの魂を音として表現し、観客に届けるための「最高峰の道具」であったに違いありません。

「D-45」それは時代が変わってもなお、プレイヤーを魅了し続けるギターであり、多くのアーティストやギター愛好家の人生に寄り添う最良のパートナーです。しかし、一言に「D-45」といっても、1930年代の戦前モデルから再生産期、そして現代に至るまで、その表情や音色は決して同じではありません。

私たちAdvance Guitarsでは、過去に数多くのD-45を扱い、その一本一本と深く向き合ってきました。細部を観察すればするほど、そこには「世界最高峰」と呼ばれるにふさわしい、職人たちの飽くなき挑戦と進化の歴史が刻まれています。

それでは、私たちがこれまでその手に触れてきた貴重なD-45たちの姿をご覧ください。『同じモデル名でも、その個体が作られた年や歩みによってこれほどまでに個性が異なるのか。』

ギャラリーを通して、その至高の魅力を深掘りしていきます。

歴代実機で辿るD-45の変遷と歴史

〜 The Legacy of Martin D-45〜

1939年製 Martin D-45S(戦前モデル)

世界一有名なリペアマン T.J.トンプソン が8年の歳月をかけて修復した歴史的な一本。D-45は1933年にカントリー・シンガーのジーン・オートリーのオーダーによって最初の1本が作られ、1942年までに91本が製造されました。現存する個体は70数本とも云われており、ほとんどを大物アーティストやコレクターが所有しているため、売り物が出ることは極めて稀。そのオリジナルD-45の中には 'D-45S' と名付けられたモデルがあり、モデル名の 'S' はスペシャル・オーダーを意味し、D-45Sは合計で7本製作されました。本器はその内の1本になります。

このギターのオリジナル・オーナーは、1939年当時のマーティンの標準であった1 11/16'や1 3/4'よりもわずかに狭い1 5/8'のナットを指定しました。カントリー・アーティストのウィルマ・リー・クーパーはこのギターを所有していたことがあり、ナッシュビルのSho-Bud社に修理と修復を依頼しました。その際、トップが薄すぎて弦の張力を支えられない状態だったそうです。次のオーナーは、このギターを著名なルシアーであるT.J.トンプソンに送り、演奏可能な状態に戻すために大規模な修理を行いました。その歳月は実に8年、その修理費だけで数百万円に上ったとのこと。プリウォーD-45を語る上でも貴重なモデルと云えます。

TOP:Adirondack Spruce
BACK & SIDES:Brazilian Rosewood
NECK:Mahogany
FINGERBOARD:Ebony
TUNERS:Closed Grover G-111 Tuners Gold
NUT-WIDTH:41.3mm(1 5/8")

1942年製 Martin D-45 Jimmie Dolan

こちらも極めて希少なオリジナルのD-45、究極の一本です。

当時'45'シリーズは材料、品質管理などマーティン社の他のどのモデルよりも厳しくチェックされており、ゆえに製造台数も少なく熟練した職人のみ作ることが許されておりました。サイド&バックのハカランダ(ブラジリアン・ ローズウッド)は戦前物は柾目ばかりで、塗装のウェザーチェックもギブソンと違い独特で、塗装が木に馴染んで落ちているような質感です。またインレイに用いられた日本製のアバロン貝はチップの大きさが特に細かく、近年物に比べると輝きがまったく違います。D-45は1968年に再生産を果たし、今なお数多くのメーカー、ルシアーに影響を与え続けるマーチンのフラッグシップモデルです。最高級のマテリアルとマーティン社の卓越した職人技が実現するサウンドは、全てにおいて超越しており、重厚かつ輝きのある響きを放ちます。

本器は元々1950年代にヒットを飛ばしたアメリカ・カリフォルニア出身のカントリー・ミュージシャン Jimmie Dolan氏が所有していたもの。プロのミュージシャンに長年愛用された個体だけに非常に良く鳴っています。またその渋い風貌からは、極上のヴィンテージ品のみが放つ凄み、神秘的なオーラのようなものを感じさせる素晴らしい個体です。オリジナルD-45の最終製造年となる1942年製で、大戦による金属不足から採用されたエボニー・ロッド仕様になります。ウェイトは1.88Kgと軽く、ストレス知らずの自由奔放な響きが心地よい一本。マーティン・フリーク究極の、まさに奇跡の逸品。

TOP:Adirondack Spruce
BACK & SIDES:Brazilian Rosewood
NECK:Mahogany , Ebony Truss Rod
FINGERBOARD:Ebony
BRIDGE:Ebony
TUNERS:WAVERLY
NUT-WIDTH:42.3mm
WEIGHT:1.88kg
SOUNDHOLE TO X-BRACING:43mm

1968年製 Martin D-45

1968年製 Martin D-45

ヴィンテージのD-45はプリウォーと呼ばれる1933年から'42年までと、再生産分の'68年から'69年まで、'70年代以降に大別されます。

1968年にMartin社は多くの要望に応え、D-45の再生産を決定、2本のプロト・タイプを経て、同年7月にプロダクション・ランを開始させます。

しかし、ワシントン条約の規制で、'70年にローズウッドをブラジリアンからインディアンに変更することを余儀なくされたことにより、オリジナル・モデルと同じブラジリアン・ローズウッドを採用しているのは'68年と'69年の2年間に生産された229本('68年は67本、'69年は162本)のみ。

'60年代後半のこの数はプリウォーの91本に匹敵する希少さと云えます。ヘッドシェイプもこの頃より丸みを帯びたシェイプをしているのも特徴です。

TOP:German Spruce
BACK & SIDES:Brazilian Rosewood
NECK:Mahogany , Ebony Truss Rod
FINGERBOARD:Ebony
BRIDGE:Ebony
TUNERS:Grover

1969年製 Martin D-45

1969年といえばサイド/バックのハカランダ最終期で、翌年の1970年より順次インディアン・ローズウッドへと変更されます。
本機は貴重なハカランダを使用した貴重な個体で、柾目の美しさから良質な木材が使用されていることが伺えます。

1973年製 Martin D-45

1970年よりサイド/バックで使用していたロースウッドがハカランダから柾目採りのインディアン・ローズウッドに仕様変更(ハカランダも一部混在あり)されます。

ボディエンド・ブロックにも変更が見られ、1969年製は3Pに対し1973年製は1Pになっているのが分かります。

1975年製 Martin D-45

ブラウンのカラーリングが目を惹くこちらの個体はShaded Topと呼ばれ、ボディの縁に沿って陰影のようにカラーリングされているのが特徴です。
1975年のD-45の生産数が192本なので、その中でも本機はShaded Topを纏ったうちの貴重な1本です。
ナチュラルカラーとは違った魅力を放ちます。

D-45を代表するうちの1つと言える指板のヘキサゴン・インレイ。
インレイに使用されているアバロン・シェル(アワビの貝殻)は虹色のような美しさが特徴ですが、本機は白蝶貝のような白色が強いシェルが使用されています。
これも自然な素材ならではの表情です。

1979年製 Martin D-45

この年に生産されたD-45の本数は291本。

1977年〜1978年の生産数は合わせて116本(77年は76本、78年は40本)。なぜここまで生産数の幅が出たのかというと、この2年間にMartin社ではストライキが起こった年でもあり、それの影響により生産数がガクッと落ち込んだという逸話があります。

それを考えると1979年のD-45の生産数はストライキの2年間を取り返すべく、職人たちが己の技術を最大限発揮したのではないかと想像できます。

1979年よりチューニング・マシンがGROVER 102Gから、Martinのロゴが刻印されたSchaller M6へ変更になります。

1980年製 Martin D-45

1980年になるとヘッドの塗装が滑らかになります(79年製のような個体も混在あり)。

左図は木地がはっきりしているのに対して、右図は表面が滑らかなのがお分かりいただけることかと思います。

この年よりハードケースのカラーが通称ブルー・ケースからブラック・ケースに変更(形は同じ)されます。それに伴い、ケース内ボアの色味も青色からブラウン色に変更されています。

ブルーケースに憧れた方も多いと思いますが、ブラックもシックな印象を与えてくれます。

1984年製 Martin D-45 Tree of Life

Martin D-45の中でも一際豪華なオーラを放つのが「生命の樹」と名付けられたTree of Lifeです。このモデルはMartin Custom Shopの職人チームにより製作され、まるで芸術品のような佇まいです。

Tree of Lifeは限定生産で登場することがあり、製作される年代やコンセプト(Martin創立記念やボディ含めたカスタムなど)によって様々なインレイが施された個体が存在します。どのモデルもレギュラーでは生産されない大変貴重な個体でもあります。

D-45に加えられた装飾をご覧ください。

このインレイだけでも数100個を超えるシェルのパーツが使用されます。
D-45の華やかさに加え、指板に加えられた豪華なインレイが見る者を圧倒します。

このTree of Lifeと呼ばれる装飾は製作されるモデルにより異なり、ヘッドやピックガード、ブリッジ、ボディバックなど様々な場所にインレイが加えられますが、本機は指板のみTree of Lideが加えられているのが特徴です。

主張しすぎず、しかし華やかに、控えめではありながらもしっかりと豪華な印象を与えてくれます。

1984年製 Martin D-45

1984年というとMartinのトラスロッドの機構がスクエアロッドからアジャスタブルロッドへと移行していく年です。こちらは移行前のSQネック仕様の逸品。程よく飴色に変化したボディトップにはピッキングによるスクラッチが入っており、上品さと貫禄を両立させる素晴らしい佇まいとなっております。

ボディトップにはシトカスプルース、サイドバックにはインディアンローズウッド、指板/ブリッジにはエボニーを採用。一目見るだけでも当時のスタンダードモデルと比べて高級な木材が使用されていると感じることができます。ヘッドストックには、オリジナルのマーチンロゴ入りシャーラーペグが輝いており素敵です。尚、ピックガードは交換されております。

もちろん、サウンドに於いても最高品質です。ワンストロークした瞬間の音の立ち上がりに発生する艶のある煌びやかな高音域。
豊富な倍音から感じるトータルのサウンドは生音であっても、まるで空間系のエフェクターを掛けたかのように広がり、自分の周りの空間ごとD-45のサウンドで満たされます。これだけ広がりを感じるサウンドであると、普通は低域がボヤつくものが多いですが、この個体に関しては全くそれを感じさせず、かと言って硬い音というわけでもない。まさに"Martin D-45"でしか味わえないサウンドと言えるでしょう。年代的な特徴として80年代ごろからはまとまりのある音のイメージではありましたが、ガラスが割れるような暴れたニュアンスもあり70年代に引けを取らない素晴らしい音色を堪能することができます。

TOP : Sitka Spruce
BACK/SIDES : Indian Rosewood
NECK : Mahogany
FINGERBOARD/BRIDGE: Ebony
NUT WIDTH : 42mm
SCALE : 645mm

1985年製 Martin D-45

1985年よりネックに仕込まれているトラスロッドがスクエア・ロッドから、ネックの反りを調整できるアジャスタブル・ロッドへ変更になります。

ネックブロックから除く金属製の棒が確認できます。また、それに伴いネックブロックからサウンドホールまでの仕様も変わっていることが伺えます。

ボディ内部のサイドに貼られている割れ止めの枚数が変更になります。
1980年製は18枚に対して、1985年以降は12枚と6枚少なくなっています。

1985年製 Martin D-45

1995年製の個体は1985年の個体と比べ、ヘッド角が少し角張ったシェイプに変更されています。写真で比べるとシェルインレイの柄が全く異なるのも興味深いです。

バックストリップに使用されている色味の組み合わせも変わっていることが分かります。

アジャスタブル・ロッドの仕込みは1985年製は隠れるように仕込まれているのに対し、1995年製はトラスロッドの先が見えるように仕込まれているのが確認できます。

また、ブリッジプレートはインディアン・ローズウッドのラージサイズから、メイプルのスモールサイズに仕様が変更になっています。

1996年製 Martin D-45

1990年代のD-45は、玉置浩二さんや織田哲郎さんなども所有しており第一線のミュージシャンからも愛されています。
トラスロッドはアジャスタブルで、ブレーシングはスキャロップドXブレーシング。マーチンのベストセラーとして多くのプレイヤーを魅了する ' パワフル ' 且つ ' 豊かな鳴り ’がとても印象的です。
ボディトップのスプルースは程よく飴色になっており、新品とは一味違うオーラを纏っております。サイド/バックの目も詰まっており、イーストインディアンローズウッドには珍しい黒いラインがぎっしりと入った勇ましい佇まい。
"憧れ"を叶えるにふさわしい逸品です。

BRACING:Standard Scalloped X-Bracing
TOP : Sitka Spruce
BACK/SIDES : Indian Rosewood
NECK : Mahogany (Adjustable Truss Rod)
FINGERBOARD/BRIDGE: Ebony
NUT WIDTH : 43.5mm
SCALE : 645mm
CASE : Original Hard Shell Case

使用されるアバロン・シェルは色味がはっきりしたものが使用されています。虹色のようなキラキラと輝く様はまるで宝石が散りばめられたような印象を与えます。

1998年製 Martin D-45

トップ材には飴色に塗装されたイングルマン・スプルースを使用。
オールド・マーチンのような佇まいを感じられます。

サイド/バックには縞模様が美しいハカランダを贅沢に使用しています。

スノーフレーク・インレイは1938年の仕様に対し、ヘキサゴン・インレイが採用されるのは1939年からとなります。また指板の角に沿ってアバロン・シェルの装飾はオリジナルのD-45には見られないカスタム仕様といえます。

ヘキサゴン・インレイへと変わるのは1939年からなので、本機はまさに初登場の1938年頃のD-45をCustom Shop製で再現したのではないかと推測できます。ヘッドにも縁に沿ってアバロン・シェルの装飾が華やかさを引き立てます。また、突板にはハカランダを使用しています。インディアン・ローズウッドとは違った杢目が確認できます。

チューニング・マシンにはWAVERLYのオープンバック・ペグが採用されており、よりルックスもオーセンティックなルックスになっています。

エボニーのブリッジにはロングサドルに加え、サイドにはスノーフレーク・インレイが施されています。ブリッジ・ピンのドットにも贅沢にアバロン・シェルが使用されています。

ブリッジプレートはメイプルのスモールサイズが採用されています。

アジャスタブルサドルは1995年と比べ、隠すように仕込まれています。

まとめ

元々はジーン・オートリーのオーダーから始まったD-45。のちにCSN&YメンバーがD-45を使用し、彼らに影響を受け加藤和彦、堀内護などらがD-45をステージで使用した姿と、それまでのドレッドノートと違った華やかな音色は多くのアーティストをはじめとするMartinファンを驚愕させたのに違いありません。バーティカル・ロゴやヘキサゴン・インレイ、そしてエレガントに輝くボディの装飾は見るものを魅了し「いつかはD-45を買って弾いてみたい」といった気持ちにさせたことと思います。

それに続くように田口清やさだまさし、南こうせつ、坂崎幸之助をはじめとするアーティストがD-45を所有し、現在においても多くのアーティストによりD-45の音色はレコードや映像によって受け継がれています。「D-45」それは時代が変わってもなお、追い求める憧れでもあり、プレイヤーを魅了する幻のギターなのかもしれません。

Advance Guitarsではこうした歴史を踏まえながら、実機を通して皆様にD-45の魅力をお伝えしていきます。
ご来店の際はぜひD-45をお試しください。実際に音色を聴くことでさらなるD-45の世界が広がることに違いありません。

ひとこと:今さらD-45? 以前はそう思うこともありました。しかし、プリウォーを含め数多くのD-45を扱ってきた今だからこそ、アコギの最高峰であるこのモデルを改めて見つめ直したい。細部まで検証すると、そこはまだ発見の連続。非常にやりがいのある執筆でした。

この記事を書いた人:Advance Guitars 店長 井上(いのうえ) - ビンテージギター研究家

幼少期より楽器に触れ、数千本を超えるヴィンテージギターの査定・販売に携わるエキスパート。海外のコレクターやディーラーとも太いパイプを持つ。 「ギターの歴史は、色やスタンプひとつで変わる」を信条に、マニアックかつ愛のある解説を心掛けている。

保有資格・実績: 楽器鑑定士歴8年、ギターマガジン等への執筆・監修協力

この記事が参考になりましたら応援よろしくお願いします!