レオ・フェンダーの歩みとFender創業の歴史
1938年、フェンダーの創始者である"レオ・フェンダー"がカリフォルニア州フラートンに自身が手掛けるラジオの リペア・ショップ「FENDER'S RADIO SERVICE」を開業させた事から始まる。やがてミュージシャンであり エンジニアでもあった"クレイトン・"ドク"・カウフマン"と共に、1945年にはオリジナルのスティール・ギターやアンプを 製作する「K&F(Kauffman&Fender)マニファクチュアリング」を設立。しばらくして、カウフマンが去る事を機に社名を 「フェンダー・エレクトリック・インストゥルメント・カンパニー」に変更しギター・メーカーとして本格的に始動。
1950年、世界初となるスパニッシュ・ギター"※ブロードキャスター"を世に送り出し、その後も画期的なアイデアを 詰め込んだストラトキャスターなど多くのアイデアを具現化したフェンダー黄金期を経て、1965年にはレオの健康上の理由からフェンダー社を「CBS(コロンビア・ブロードキャスティング・システム)」へ売却。その後CBSのコンサルタントとして復帰し 製品開発に従事したのち1970年にはCBSとの契約を終了、新たな挑戦へ。(※正式にはエスクワイア→ブロードキャスター)
1972年、フェンダー社の副社長だった"フォレスト・ホワイト"とセールスを担当していた"トム・ウォーカー"らと共に 「ミュージックマン社」の設立に携わる。レオがコンサルタント業務のため独自に設立した「CLFリサーチ社」が開発と 製造を行う形で、1975年に初のミュージックマン製品としてアンプを発表。E.クラプトンなどの使用によりブームを起こし、 翌1976年にはアクティブ・プリアンプを搭載した"スティングレイ"のギターとベースを発表。特にスティングレイのベースは 高く評価され現在でもアクティブ・ベースの代名詞的な存在となっている。
1980年、ミュージックマンとの関係を解消したレオは、フェンダー初期のクラフトマンで当時レオの右腕としてブロードキャスター やプレシジョン・ベースの開発に携わっていた"ジョージ・フラートン"と共に「G&Lミュージカル・プロダクツ」を設立。過去に とらわれない更なる斬新なアイデアを実現するべく、今まで培ってきた技術と経験をもとに研究開発に没頭。レオのG&Lでの真髄は 特にピックアップの開発にあり、後にどんなジャンルの要求にも対応でき、さらには新しいサウンドを生み出す独自のアプローチを 確立する。G&Lはレオが最後に立ち上げたブランドであり、彼のプライベート・ワークショップでは当時作業していたそのままの 状態で保存され今でもその意思は受け継がれています。
最後に、レオ・フェンダーという人物が残した多大な功績は計り知れません。エレクトリック・ギターやベースは勿論、アンプに 関しても同じように大きな影響を与えており、現代のミュージック・シーンに素晴らしい遺産を残してくれた事は言うまでもありません。 まさにレオ・フェンダーはエレクトリックの世界に革命を起こした偉大なイノヴェイターである。