古き良きアメリカの魂が、カントリー&ウエスタンのメロディーに託されていた時代。その温かくも力強い響きは、開拓時代の広大な風景と人々の心を繋ぐ架け橋でした。数多のバンドがその時代の空気を音に変えようと試みる中、ひときわ大きな足跡を残したグループがあります。サンズ・オブ・ザ・パイオニアズ(Sons of the Pioneers)。彼らの音楽は、単なるエンターテイメントを超え、アメリカ西部の精神そのものを体現する文化遺産として、今なお語り継がれています。
「Tumbling Tumbleweeds」「Cool Water」といった不朽の名作は、彼らの名を音楽史に刻み込みました。その洗練されたハーモニーと卓越した演奏技術は、聴く者を瞬時に古き良き西部へと誘います。この伝説的なグループのサウンドの中核を担い、その音楽的評価を決定づけたのが、リードギタリスト、カール・ファー・シニア(Karl Farr Sr.)その人でした。彼の指先から紡ぎ出される革新的かつ情感豊かなギターフレーズは、当時のギタリストたちに衝撃を与え、ハンク・スノウやチェット・アトキンスといった後世の巨匠たちからも深い尊敬を集めたと言われています。カール・ファーのプレイは、まさにウェスタン・スウィング・ギターの一つの完成形であり、その後のカントリーミュージックにおけるギターの役割を大きく変えたのです。
1951 FENDER NOCASTER
“名無し”の伝説、Nocasterの誕生とその究極の希少性
伝説の響き、再び:フェンダー初期の至宝、Nocaster “PROTO” #0757 物語
歴史の証人、静かなる咆哮
時は流れ、1975年。カリフォルニア州の地元紙「サクラメント・ビー」に掲載されたある記事が、ヴィンテージギター愛好家たちの間で静かな話題を呼びました。それは、カール・ファー・シニアの息子、カール・ファー・ジュニア氏の自宅を訪ねたルポルタージュでした。そこには、父の魂を受け継ぐかのように、3本のギターが大切に保管されていました。弦は緩み、長年弾かれた形跡のないそれらの楽器は、しかし、沈黙のうちに雄弁な物語を秘めていました。それらはすべて、偉大なギタリストであった父カールの形見であり、息子にとっては金銭的価値を超えた、かけがえのない宝物だったのです。
その3本の中でも、ひときわ異彩を放つ一本がありました。ヘッドストックに燦然と輝く(あるいは、その不在によって逆に存在感を放つ)フェンダーのロゴ。そして、ネックプレートに刻まれたシリアルナンバー「0757」。これこそが、フェンダー社からカール・ファー・シニアに直接寄贈されたと伝えられる、Nocaster(ノーキャスター)“PROTO”モデル。まさに、歴史の生き証人そのものでした。
“名無し”の伝説、Nocasterの誕生とその究極の希少性
ギターの歴史を塗り替えたフェンダー社の革新は、1950年に発表された世界初の商業的に成功したソリッドボディ・エレクトリックギター「エスクワイア」から始まります。その直後、より汎用性を高めた2ピックアップ仕様の「ブロードキャスター」が登場。しかし、グレッチ社が既に「Broadkaster」というドラムの商標を持っていたため、フェンダー社は短期間で名称変更を余儀なくされます。
この過渡期に生まれたのが、ヘッドストックのデカールから「Broadcaster」の文字だけが切り取られ、モデル名が記されていない、いわば“名無し”のギターでした。後にギターコレクターたちによって「Nocaster(ノーキャスター)」と名付けられたこれらの個体は、1951年の極めて短い期間にのみ生産されたため、現存数が非常に少なく、ヴィンテージギター市場においては垂涎の的となっています。その独特の太くストレートなサウンドは、テレキャスターへと続くフェンダーサウンドの原点として、多くのギタリストを魅了し続けています。
しかし、今、私たちの目の前にあるこのシリアルNo.0757は、単なるNocasterではありません。その名に冠された“PROTO”の称号。これは、それがプロトタイプ、すなわち市販モデルが登場する以前の、開発・試作段階で特別に製作された一本であることを意味します。
カール・ファー・シニアという当代随一のギタリストへの寄贈品として、フェンダー社のクラフトマンたちが持てる技術と情熱を注ぎ込み、特別にあつらえたギター。それは、通常の生産ラインとは異なる木材の選定、ピックアップのワイヤリング、ネックシェイプ、細部の仕上げなど、あらゆる点において実験的かつ特別な仕様が施されていた可能性を秘めています。その結果として生まれたこのギターは、細部に至るまで研究され尽くしたとしても、その完全な模倣は極めて困難と言えるでしょう。まさに、歴史が生んだ唯一無二の芸術品なのです。
誇るべきは「物語」そのもの
ヴィンテージギターの価値は、しばしばその希少性、価格、年代、あるいは著名な使用アーティストといった要素で語られがちです。もちろん、このNocaster “PROTO”もそれらの要素を十二分に満たしています。しかし、このギターが真に特別なのは、そうしたスペックを超越した部分にあります。
語るべきは、“レオ・フェンダー率いるフェンダー社が、カール・ファー・シニアという一人の偉大な音楽家のために、その初期の技術の粋を集めて作り上げた”という、他に類を見ない背景そのものです。このギターは、単なる楽器ではなく、革新的なギターメーカーと希代のギタリストとの間に結ばれた深い絆の象徴であり、音楽史の一場面を切り取ったスナップショットなのです。そのボディに刻まれたであろう無数の演奏の記憶、ステージの熱気、そしてカール・ファーの魂の息吹。それこそが、このギターを比類なき存在へと昇華させているのです。
音楽の魂を未来へ繋ぐ
ギターは、弦が振動し、音が生まれた瞬間から、単なる「物」ではなくなります。それは演奏者の感情を代弁し、音楽という無形の芸術を具現化する触媒となります。そして、その音楽と共に、時代時代の記憶をその身に刻み込んでいくのです。1961年、マサチューセッツ州でのステージで、カール・ファー・シニアはその生涯最後の音を奏でました。その傍らにあったのが、このNocaster “PROTO”であった可能性は否定できません。もしそうであれば、このギターは文字通り、伝説のギタリストの最期の一音をその身に宿し、音楽史の重要な瞬間を静かに見届けたことになります。
サンズ・オブ・ザ・パイオニアズの音楽と精神は、カール・ファーの子や孫、そして彼らの音楽を愛する世界中の人々へと脈々と受け継がれています。そして今、その伝説の一端を担い、この歴史的なギターを次の世代へと橋渡しするという栄誉ある使命を託されたのが、私たちTC楽器です。
このNocaster “PROTO” #0757が奏でるサウンドは、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいものです。水面に落ちた一滴の雫が美しい波紋を広げるように、豊かで複雑な倍音がどこまでも伸びていきます。その高音は、単に耳に届くのではなく、まるで透明な刃のように鋭く、それでいて温かく、聴く者の心の奥深くに直接語りかけてくるかのようです。言葉では言い尽くせない、魂を揺さぶる音。これこそが、フェンダー初期の職人たちが追い求めた理想のサウンドなのかもしれません。
「もう自分が手に入れるべきヴィンテージギターはすべて見てきた。そろそろ『終活』かな…」そうお考えの、百戦錬磨のコレクターの皆様へ。このNocaster “PROTO”が紡ぎ出す物語は、あなたがこれまでに触れてきたどのギターとも一線を画す、唯一無二の体験をお約束します。これは、単なるコレクションの一本ではなく、音楽史そのものをその手に抱くような、崇高な体験となるでしょう。
カリフォルニアの出版社 "THE SACRAMENTO BEE"
これは「THE SACRAMENTO BEE」という出版社が当時記事にした内容です。カントリー&ウエスタン音楽の歴史的名グループ「Sons of the Pioneers」と、そのリードギタリストだったカール・ファー・シニア(Karl Farr Sr.)に関する記事になります。
<要約>
1975年、カリフォルニア州サクラメント郡の東端に住むカール・ファー・ジュニアの家には、3本の貴重なギターがあります。
それはすべて彼の父、カール・ファー・シニアが使っていたもので、今は音を出すこともなく保管されています。カール・シニアは、カントリー&ウエスタン音楽の伝説的グループ「Sons of the Pioneers」のリードギタリストであり、彼の演奏はハンク・スノウやチェット・アトキンスにも影響を与えました。
中でも注目すべきは、Fender Telecasterです。このギターは、カール・ファー・シニアにフェンダー社から直接贈られたもので、シリアルナンバーは「0757」。 この数字が意味するのは、極めて初期の製造個体であるということ。Fenderのギターでシリアルナンバーが2000番未満のものは、コレクター垂涎の超プレミア品として知られており、特にTelecasterの黎明期モデルはその希少性と歴史的価値から数千~数万ドルの価格が付くこともあります。
さらに、このTelecasterは「買われた」のではなく、Fender社がカール・ファー・シニアの功績を称えて贈った一本。つまり、市場で流通していたものとは違う、敬意と歴史が込められた特別な一本なのです。
半世紀以上の時を経ても、まるでギターそのものがカントリー&ウエスタン音楽の黄金時代を語り継いでいるかのよう。
このTelecasterは、単なる楽器ではなく、アメリカ音楽史の一部そのものと言っても過言ではありません。
カントリー音楽の煌びやかな衣装とギターを詳しく紹介した一冊
『Rhinestones and Twanging Tones: The Look and Sound of Country Music』は、2018年に出版されたアメリカのカントリーミュージックがどのように派手な衣装と装飾的な楽器で彩られてきたかを紹介する一冊です。日本で育ち、カントリー音楽に魅了されたマック・ヤスダ氏が収集した、著名なカントリー歌手たちのカスタムギターや「ロデオ仕立て」で有名なヌーディによる衣装を豊富な写真とともに紹介。
ハンク・スノウ、ポーター・ワゴナー、ジム・リーヴスらの使用品を通じて、カントリーミュージックの音とビジュアルの進化を辿るユニークなビジュアルブックです。
*Karl Farr's 1951 Fender Broadcaster "Nocaster" guitar. This guitar was a personal gift from Leo Fender to Farr. The serial number is 0757, and it was made during a brief period in mid-1951 when no model name appeared on the headstock.
Fender's revolutionary solidbody guitar was called the Broadcaster when it was introduced in 1950. The Fred Gretsch Company, it turned out, had registered that name for one of its drum kits. Fender avoided a legal challenge by dropping the name. Until they settled on
"Telecaster" and had decals made, the guitars went nameless. For decades now, collectors have referred to these as Nocasters.
<要約>
カール・ファーの1951年製フェンダー・ブロードキャスター「ノーキャスター」ギター
このギターは、レオ・フェンダーからカール・ファーに個人的に贈られたもので、シリアルナンバーは「0757」。1951年中頃のごく短い期間に製造されたもので、その時期のギターにはヘッドストックにモデル名が記されていませんでした。
フェンダーの革新的なソリッドボディ・ギターは、1950年の登場当初「ブロードキャスター」と呼ばれていました。しかし、フレッド・グレッチ社がその名称を自社のドラムキット用に商標登録していたことが発覚し、フェンダーは法的な争いを避けるためにその名前を使用しないことにしました。正式に「テレキャスター」という名称が決まり、デカールが用意されるまでの間、これらのギターにはモデル名が存在しませんでした。
現在では、コレクターの間でこの時期のモデルは「ノーキャスター」と呼ばれています。
*Some Fender fanatics obsess over every tiny detail and variant in the instruments. This under-the-pickguard shot shows a rare feature on some early Teles: a round hole that was a mid-point for the neck pickup's wiring.
<要約>
フェンダーファンの中には、楽器のあらゆる細かなディテールやバリエーションにこだわる人もいます。このピックガードの裏側の写真は、初期のテレキャスターの一部に見られる珍しい特徴を示しています。それは、ネックピックアップの配線の中継点として設けられた丸い穴です。
Nocaster 仕様
元はブロードキャスターとして発売されたギターでしたが、先にグレッチ社が商標をとっていたドラムの商標と被りブロードキャスターの名前が使えなくなります、その為すでにブロードキャスターの名前が貼られたデカール部分をフリーハンドで削りとって発売されたのが、このノーキャスター。
1951年の前期から中期のわずかの間のみの仕様となり、非常に希少なモデル。フリーハンドで削り取った部分が良くわかる、Fenderデカールの文字下が若干雑に削られているデカール。ノーキャスターでしか味わえず、しかもリデカールされていない事がはっきり伺える部分です。
手書きで入ったデイトも当時を物語ます。
ギターの誕生から1952年頃までのマイナスの木ネジやプレートにシリアルが無いのも特徴。
ベークライトのワンプライピックガード。塗装をする際に缶に乗せて塗装をした為に残ったピックガード裏の塗装痕。ブラックガードを代表する特徴。
少々見えずらいですが、ピックアップを上下するバネがボディに埋まる様に段加工がほどこされています。この仕様も1952年ごろまでの仕様。
リアピックアップ下のキャビティ内には最初にルーターが入った際のビットの後が丸く残っています。
ブリッジ下のネイルホール
4弦のペグ部分にあるネジ止めとは別の穴は、ネックの外形を加工する際にテンプレートを固定していた穴になります
一列ラインのクルーソンデラックスチューナー、パテントナンバー入りで、チューニングノブのシャフトの先端が突き抜けていないのも、1952年中頃までの仕様。
プロトタイプである事が明らかにわかるピックガードしたの丸型エクストラキャビディ。本来はフロントピックアップからコントロールまで細長い縦長のエクストラキャビディがもうけられています。
フロントピックアップ横に設けられたネイルホール。
塗装の下に手書きで入っているデイトもオリジナルである事の貴重なポイント。
スイッチはCENTRALAB(CRL)3ウェイのレバータイプ。テレキャスター誕生の1950年から1962年頃まで採用されていたスイッチで、ベークライトのベース部分が大きいく、通称バレルノブが特徴。
ノブは1950年から1951年にかけての初期のドームノブ、上部の丸みが緩やかなのが特徴。
フロントピックアップ・プリセット・ハイカット用のコンデンサは本来Cornel Dubiler製だが、SPRAGUE製に交換されています。
1弦革ホーン部分のネイルホール。
ポテンションメーター(POT)は1950年から1954年頃まで多く使用されていたClarostat社製のポット。
1950年の11月から1954年ごろまで採用されるブラス製のブリッジサドル。シリアルもブリッジプレートに刻印される1950年から1954年ごろまでの仕様。
1950年から1967年ごろまでのストリング・フェラルは完全にボディに埋まっている。
夕焼けの空に響くウェスタン・メロディー
最後に、この言葉を思い出してください。
「ロイ・ロジャース(Leonard Slye)を覚えていますか?」
この問いかけは、まるで西部劇のエンディングに流れる夕焼けのシーンのように、私たちの心に深く、そして温かく残ります。ロイ・ロジャースは、かつてサンズ・オブ・ザ・パイオニアズの創設メンバーの一人でした。カール・ファー・シニアと共に、アメリカン・ミュージックの黄金時代を築き上げた偉大なエンターテイナーです。
音楽とギターが織りなす壮大な歴史のタペストリー。その一条の輝かしい糸であるこのNocaster “PROTO” #0757は、今もなお、風に乗ってどこかで、誰かの心に、その伝説の響きを届け続けているのかもしれません。そして私たちTC楽器は、その歴史の証人として、この至宝の物語を未来へと語り継いでまいります。
