アドバンスギターズ星野のフォーク紀行
〜フォークソングとアコースティックギターたち〜
第1回 加藤和彦
皆様、はじめまして!
東京・新宿区(新大久保)にあるAdvance Guitarsの星野と申します。
この度、当店の楽器マガジンにて、日本の音楽史を彩った名曲と名器を巡る新しい連載コラム、
『アドバンスギターズ星野のフォーク紀行 〜フォークソングとアコースティックギターたち〜』
をスタートさせていただくことになりました!
本連載は、1960年代後半から70年代にかけて日本中を熱狂させた「フォークソング」、そして80年代のニューミュージックへと至るまでの軌跡の中で、あの名曲たちが「果たして誰の?、どんなアコースティックギターで奏でられていたのか?」という純粋な疑問を出発点とした、音楽と楽器の旅です。
あの名曲の裏側で、どんなギターが、どんな意図で選ばれ、どんな音色で鳴っていたのか。
私は、プロの楽器店員としてのマニアックな視点と、純粋な音楽ファンとしての探求心を胸に、
ときには皆様の力借りながら長い長い旅に出たいと思います。
第1回:加藤和彦氏と至高の「Martin」たち
記念すべき第1回のテーマは、日本の音楽シーンを根底から覆し、洗練の極みを見せつけた天才、加藤和彦氏と、彼が愛したアコースティックギターたちです!
時代を先取りし続けた圧倒的センス:加藤和彦氏とは?
まさに1960年代後半から70年代の日本のミュージックシーンをリードしたと言っても過言ではない、「トノバン」の愛称で親しまれた加藤和彦氏。
加藤和彦氏の奇跡を描いたドキュメンタリー映画として2024年5月31日(金)に公開された「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」は記憶に新しい方もいらっしゃるのではないでしょうか。
彼が中心人物として率いたバンド「ザ・フォーク・クルセダーズ」のデビュー曲であり代表曲でもある『帰ってきたヨッパライ』(1967年7月)の「おらは死んじまっただ〜」というフレーズは、日本のフォークソングをじっくり聴いたことが無い方や、加藤和彦氏をよく知らないという方でも、絶対に知っているであろう歴史的楽曲です。(ちなみに、初版レコードでは『帰って来たヨッパライ』と表記されていたことでもしられていますね) テープの早回しという当時としては非常に前衛的なレコーディング手法を取り入れ、日本初のミリオンセラーを記録する大社会現象となりました。
ザ・フォーク・クルセダーズは1968年10月17日の大阪フェスティバルホール公演をもっておしまれながらも解散し、解散後、はしだのりひこ氏はソロで活躍し「花嫁」のヒットでも知られています。
北山修氏は作詞家として加藤和彦氏と共にタッグを組んで活躍していくことになります。
その後2002年に北山修氏の呼びかけにより加藤和彦氏と新たにTHE ALFEEの坂崎幸之助氏を迎えザ・フォーク・クルセダーズを新結成したのは当時のファンは嬉しかったのではないでしょうか。
しかし、彼の凄さはそこにとどまりません。
フォークの枠を飛び越え、「サディスティック・ミカ・バンド」(1971年)を結成し日本のロックを世界水準へと引き上げ、その後もプロデューサーや作曲家として数々の名曲を世に送り出しました。
中でも「タイムマシンにおねがい」はノリのあるリフとキメの格好良さから私もセッションでカバーした思い出が蘇りました。
加藤和彦氏と高中正義氏のツインギターは痺れるものがあります!
高中正義氏はインストゥルメンタルを演奏する私としては好きなギタリストの1人です。
2007年には坂崎幸之助氏(THE ALFEE)と和幸を結成。
ザ・フォーク・クルセダーズ新結成時の坂崎氏との縁で結成されました。
坂崎氏の歌と加藤氏のハモリに加え、お二人が奏でるアコースティックギターサウンドの心地よさとグルーヴは何度聴いても新しい刺激を感じます。
海外の最先端の音楽を吸収し、それを極めてポップでハイセンスな形に昇華して日本に提示し続けた、類まれなる天才メロディメーカーであり、クリエイター。それが加藤和彦氏です。
加藤和彦氏の音楽を彩った5本の名器「Martin」をクローズアップ!
洗練されたファッションや音楽性で知られる加藤氏ですが、ご自身が手にするギター選びにも並々ならぬこだわりを持っていました。
今回は、彼が愛用したことで知られ、現在でも多くのアコギファン、そしてプロミュージシャンが憧れてやまない「Martin(マーティン)」のギターから、特徴的な5本をセレクトして解説いたします!
1. 永遠の憧れ、「Martin D-45」
加藤和彦氏の使用ギターとして絶対に外せないのがMartin D-45です。
Martin D-45はMARTIN社が誇る最上位機種として1933年に誕生しました。
ボディ全体にあしらわれたアバロン・シェルの豪華な装飾、指板のヘキサゴン・インレイ(1933年〜1939年まではスノーフレーク&キャッツアイ・インレイ)、ヘッドにはバーティカル・ロゴ(通称:縦ロゴ)は多くのプレーヤーの憧れ的存在の1本だったことと思います。
D-45は現在に至っても最上位機種に君臨する王者的存在かつ永遠の憧れのギターです。
加藤和彦氏が主に使用していた1968年製のMartin D-45を深く掘り下げていきます。
上記とは別に1970年に東京は小川町にあるカワセ楽器にて1969年製のMartin D-45を入手したという話があります。
また2000年にはニューヨークにて1941年製のD-45を入手されています。
サディスティック・ミカ・バンドを結成するのが1971年なのでそれよりも前にMartin D-45を入手されていることがわかりますね。
2007年に加藤和彦氏と坂崎幸之助(THE ALFEE)のユニット『和幸』より発表された「和幸:ゴールデンヒッツ」「ひっぴいえんど」にて加藤和彦氏のD-45サウンドが堪能できます。
ユニット名の由来は加藤和彦氏の和と坂崎幸之助氏の幸から取って和幸(かずこう)と命名。
他の案としてミック和幸やキース和幸、ジャミロ和という候補もあったようですね!
和幸「ひっぴいえんど」のジャケットに写る加藤和彦氏の横には1941年製のMartin D-45が確認できます。
1968年製 Martin D-45
使用曲:「タイからパクチ」
1968年にMARTIN社はマイク・ロングワース氏を筆頭にD-45の再生産を開始し、1968年に67本、1969年には162本のD-45が生産されたと言われています。
加藤和彦氏が所有していたのは再生産初年度の1本。
トップにはジャーマン・スプルース、サイド/バックにはブラジリアン・ローズウッドを採用。
ボディにはホワイトのバインディングに、アバロン・シェルを使用したパーフリング、ロゼッタはマルチカラーのストライプリングに加え、アバロン・シェルのロゼッタが輝いています。
ボディバックにもトップ同様の装飾に加え、マルチカラーのセンターストリップが華やかさを引き立てています。
1968年の特徴としてはブラジリアン・ローズウッドを突板にしている丸みあるヘッドシェイプが採用されています。
名曲『あの素晴しい愛をもう一度』などで彼がD-45を抱え、きらびやかで倍音豊かなストロークを響かせる姿は、日本の音楽史における最も美しいワンシーンの一つと言えるでしょう。
※画像はイメージです。(Martin 1969年製 D-45)
2. ふくよかなサウンドの12弦「Martin D12-45」
Martin D12-45の標準仕様としてはスロテッドヘッド(クラシックギターのようにヘッドに穴が空いている仕様)に、12フレットジョイント、D-45同様にトップのスプルース、サイド/バックのローズウッドにはアバロン・シェルによる煌びやかな装飾が施され、6弦同様に豪華な佇まいです。
ストロークをすれば12弦特有の広がり(コーラス効果)が加わり、フォークファンには垂涎の1本。
そんなMartin D12-45が登場したのは1969年。
当時は3本のモデルが生産されましたが、12弦を使用するアーティストの需要が高まっていたこともあり翌年の1970年には8倍の24本が生産されたと言われています。
加藤和彦氏が使用するMartin D12-45は少し変わった珍しい仕様を持っていますのでご紹介します。
※画像はイメージです。(Martin 1973年製 D12-45
1986年製 Martin D12-45
使用曲:「もしも、もしも、もしも」
加藤和彦氏が所有するのは上記写真のようなヘッドストックがスロテッドヘッドでは無く通常のD-45同様にソリッドヘッドを採用しています。
また、12フレットジョイントネックが14フレットジョイントという従来の12弦モデルとは異なる仕様を持った1本です。
ヘッドにはアバロン・シェルのバーティカルロゴにSchaller M6ペグを搭載、エボニーの14フレット指板にはヘキサゴンインレイが装飾されています。
トップはシトカ・スプルース、サイド/バックにはインディアン・ローズウッドを採用し、ホワイトのセルにアバロン・シェルのパーフリングを纏い華やかなモデルです。
3. 万能のベストセラー「Martin D-28」
MARTINドレッドノートのベストセラーと言えばこちら!
1931年に製造が開始され、現在のような14Fジョイントになるのは1934年からになります。
アコースティックギターの世界基準とも呼べる歴史的モデルです。 ローズウッド材による深く豊かな低音と、パワフルで音量感も充分なサウンドが特徴。
ピックを使って力強くコード弾きしても良し、指弾きでアルペジオを奏でても良しの、まさに万能ギターです!
加藤氏の幅広いジャンルと高度な演奏を根底で支える、非常に信頼できる相棒だったはずです。
加藤氏が所有していたD-28は、1940年代の非常に貴重な1本でした。
※画像はイメージです。(Martin 1942年製 D-28)
1941年製 Martin D-28
使用曲:「ひっぴぃえんど」
ウォータイムの本機は、トップにアディロンダック・スプルースを使用し、マルチストライプのバインディングにヘリンボーン・トリムを採用。
サイド/バックにはブラジリアン・ローズウッドを使用した贅沢な1本。
トップ板にはべっ甲柄のピックガードを採用し、エボニーの指板にはダイヤモンド・スクエア・インレイが施されています。
エボニーのダウンベリー・ブリッジにはロングサドルに加え、ホワイトのブリッジピンがセットされています。
1941年といえばパグがWAVERLYのオープンバックに仕様が変わりますが、加藤氏の所有個体は仕様変更前のGROVERのシールドバックが採用されていました。
4. 繊細なタッチを拾い上げる「Martin 000-28 (トリプルオー)」
000の歴史はドレッドノートよりも古く1902年に12Fジョイントで登場し、1934年に14Fジョイント仕様へと変更されます。
D-28と同じローズウッド材を使用しながらも、ボディが15インチひと回り小さく、くびれが深い「000(トリプルオー)」モデル。 ローズウッドの張りのある中低域に、トリプルオーのボディサイズが紡ぎ出すクリアでレスポンスの良い高域がベストマッチ!音の立ち上がりが速いため、フィンガリング(指弾き)で聴かせるような繊細なフレーズを鳴らせたらピカイチの性能を誇ります。加藤氏の洗練されたコードワークや繊細なタッチを、一切の妥協なく表現できる名器です。
※画像はイメージです。(Martin 1935年製 000-28)
1945年製 Martin 000-28
使用曲:「あたし元気になれ」
前述のD-28同様に、トップ材にはアディロンダック・スプルース、マルチストライプのバインディングにヘリンボーン・トリムを採用。
サイド/バックにはブラジリアン・ローズウッド、センターストリップにはジグザグパターンを採用。
指板インレイは1945年よりダイヤモンド・スクエア・インレイからドット・インレイへ仕様変更されます。
1941年頃よりチューナーはGROVERからKLUSONのアイボロイド・ボタンのペグに仕様が変わっていきます。
また、ペグの軸を支えるブッシュは1944年、1945年の2年だけ取り付けられていないのも大きな特徴です。
ダウンベリーのブリッジにはロングサドルとホワイトのブリッジピンがセットされています。
000(トリプルオー)を広めた人物として有名なのは1992年にMTVで使用したエリック・クラプトンの000-42が有名ですが、加藤氏の000-28から本機に憧れた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
5.Martin D-45SM KK "Kazuhiko Kato Custom Signature Edition"
2008年にMARTIN社から日本限定で2本のシグネチャーモデルが登場します。
加藤和彦氏と坂崎幸之助氏のユニット「和幸」のカスタム・シグネチャーとしてD-45SをモチーフにしたD-45SM KK(加藤和彦氏)と00-21NYを思わせるルックスの00-21 KS(坂崎幸之助)の2本がリリースされました。
なぜ2008年なのかなと考えた時に、あくまでも推測ですが2007年に「和幸」を結成した時期にMARTIN社にオーダーされ、2008年に満を持してシグネチャーモデルが登場したのではないかと考えています。
いずれにせよ、Martinはメーカーとしてではなく常に側にいるかけがえのない存在なのかもしれません。
2008年製 Martin D-45S "KK Custom Sipnature Edition"
使用曲:「自由への長い道」「カレーライス」
トップにはアディロンダック・スプルース、アイボロイドのバインディングに加え、アバロン・シェルのパーフリング、ロゼッタにも美しい輝きを放つアバロン・シェルの装飾を採用。
サイド/バックにはマダガスカル・ローズウッドを使用し、センターストリップにはマルチカラーを採用。
トップ同様にアイボロイドのバインディングにアバロン・シェルの装飾が施されています。
エボニーの指板にはスクエア・ダイヤモンド・インレイのポジションマーク、ピラミッド・ブリッジにはショートサドルをセットし、なんともいえないゴージャス感が伺える1本です。
シャープなスタイルのスロッテッド・ヘッドにはアバロン・シェルで形どられたGolden Eraスタイル・ロゴ、チューナーには彫刻が施されたWaverly3500ペグを採用。
まるで1936年に登場したD-45Sを思わせる豪華な1本です。
加藤和彦氏を知って...
今回、この記事を執筆するにあたり、改めて加藤和彦氏の音源を聴き込み、当時の映像や雑誌を拝見しました。
1969年にリリースされたベッツィ&クリス『白い色は恋人の色』という曲がどこかノスタルジックさを感じ、私の好きな曲の1つなのですが、その曲を和幸が演奏している映像を見て「歌メロとお二人のギターの音色が心地いいな」と思い、曲について調べたらザ・フォークソング・クルセイダーズの北山修氏と加藤和彦氏が作詞・作曲に携わっていたのはビックリしました。
また、加藤和彦氏はアコースティックギター以外にもエレキギターを軽やかに演奏されてる姿を映像で拝見したりとこのコラムを執筆していなかったら知らなかった事実の1つです。
私は高校2年よりエレキギターをメインで演奏していたため、アコースティックギター以外にもエレキギターを演奏する加藤和彦氏の演奏ジャンルの幅広さには衝撃でした。
松任谷由実氏と加藤和彦氏の「黄色いロールスロイス」のライブでは加藤和彦氏がサンバーストのテレキャスターを使用したカッコいいストローク姿が印象的でした。
この素晴らしい音楽の深淵を教えてくれた加藤和彦氏に、最大の敬意を表して、第1回の筆を置かせていただきます。
読者の皆様の中で、「トノバンのあのライブ、実は見に行ってたんだよ!」「あの曲のD-45の音に憧れて、自分もMARTINを買ったんだ」という方がいらっしゃいましたら、ぜひアドバンスギターズの星野にその貴重なお話を聞かせてください。お店で皆様と、熱いギター談義ができる日を心待ちにしております!
そして、取り扱って欲しいミュージシャンやフォークソングにまつわるお話など、皆様からのリクエストをお待ちしております。 私にとっては「当時実際に目にした」「あのコンサートでこのギターの音を聴いた」というような生のお話はとても貴重で、何よりの教科書です。 もしよろしければ、ぜひアドバンスギターズ 星野までご連絡ください。
✉️ aco@tcgakki.com
それでは、次回の『星野のフォーク紀行』でまたお会いしましょう!
この記事を書いた人:星野(アドバンスギターズ)
2025年1月TC楽器入社。主にエレキギターでインストゥルメンタルを中心に演奏しながら、ギターのニュアンスや表現力を追求しています。
好きなアーティストはB'z、Gary Moore、Allen Hindsなど。
趣味はコピックを使用してイラストを描くことです。
ひとこと:音楽のルーツとして通ってこなかったフォークソングというジャンルに触れ、アコースティックギターでストローク以外にもスリーフィンガーを使用しながら楽曲の表現力を引き立てる奏法や加藤和彦氏の魅力を知ることができました。
ザ・フォーク・クルセダーズ、和幸など記事を作成するにあたり聴きすぎたあまり出社時のプレイリストになりました!現在スリーフィンガーを練習中です!
保有資格・実績: 楽器鑑定士歴2年
▶︎執筆記事はこちら:
アドバンスギターズ星野のフォーク紀行
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