【奇跡の生還】シリアル「0019」
最初期"フェンダー ブロードキャスター"の数奇な運命
1950年の誕生から、2026年の現在まで、実に76年以上の歳月を生き抜いてきた1本のギターがあります。
その名はフェンダー・ブロードキャスター(Broadcaster)。 シリアルナンバーは、なんと「0019」。
エスクワイヤーから始まり、ノーキャスター、そして伝説のテレキャスターへと至るソリッドギター黎明期の歴史そのものを体現する個体です。今回は、市場に出ること自体が「ありえない」と言われるこの幻のギターが辿った、あまりにもドラマチックな旅路と、その驚くべきディテールをご紹介します。
コンサートを抜け出してまで欲しがった、音楽史の重鎮
このギターの歴史を語る上で欠かせないのが、世界的なヴィンテージ・ギター・コレクターとしても名高いマック・ヤスダ氏です。当時、彼が1,500ドルで手に入れ、日本で大切に保管されていた「0019」ですが、ある日ひょんなことから運命が動き出します。
数年後、フォーク・ロック界の重鎮であり、同じく名コレクターとして知られるデヴィッド・ブロムバーグ氏が来日。なんと彼は、日本にこの「0019」があることを聞きつけると、自身のコンサートを抜け出してまでマック・ヤスダ氏の自宅へと追っかけてきたのです。
「どうしても、このブロードキャスターが欲しい」
ブロムバーグ氏の尋常ではない熱意に押されたヤスダ氏は、最終的に彼が所有していたマーティンの名器「F-9 フラットトップ」とのトレードに応じることとなりました。
「大切な娘」との、10年ぶりの再会
しかし、物語はここで終わりません。それから10年後、またしても奇妙な巡り合わせが起こります。
あの「0019」が、なぜか再び売りに出されていることが判明したのです。ヤスダ氏が驚いてブロムバーグ氏に問い合わせたところ、当時は資金難に直面しており、泣く泣く手放さざるを得ない状況だったと言います。
実は、手放したあともずっと後悔の念を抱いていたというヤスダ氏。 「大切な娘を迎え入れるように」、彼は二つ返事でこのブロードキャスターを買い戻しました。海を渡り、時を越え、相思相愛のオーナーの元へと奇跡的に生還を果たしたのです。
そして現在、この数奇な運命のバトンは、マック・ヤスダ氏から私たちTC楽器へと厳かに引き継がれています。
研究書をも凌駕する、圧倒的な歴史的価値
この「0019」というシリアルナンバーがどれほど異常なものか、ヴィンテージフリークの方ならお分かりいただけるでしょう。
ブラックガード研究のバイブルである『The Blackguard Book』や『The Pinecaster Book』において、メインとして大々的に掲載されている個体ですらシリアルは「0039」です。今回の個体は、それよりもさらに古い、最初期の最初期。まさに歴史の一番最初に刻まれたマスターピースであり、現代の市場でお目にかかることはまず不可能なレベルの代物です。
個体が雄弁に語る、1950年のリアル
76年以上の歴史をその身に宿した「0019」は、パーツのディテール一つひとつが歴史の生き証人です。
1.スチール製のブリッジサドル
フェンダーのサドルは一般的に1950年11月から1954年夏にかけて「真鍮(ブラス)製」が標準となりますが、この個体にはスチール製サドルが使用されています。これこそが、本機が「極めて初期」に製造された動かぬ証拠。のちのノーキャスター等と比較すると、その経年による色の違いは一目瞭然です。
2.ウィンターボトム社製のボーンナット
当時フェンダー社がニュージャージー州のウィンターボトム・サメル&サンズ社から調達していたボーンナット材が残されています。通常はネックのラッカー塗装前に取り付けられるため痕跡が残るものですが、これには見られません。「後年に交換された可能性」も含みつつ、当時の職人による工場での最終調整、あるいは70年以上のメンテナンスの中で自然に塗装が剥がれた可能性もあり、ヴィンテージならではのロマンと謎を秘めています。
3.驚異のオリジナルコンディション
ヴィンテージの性質上、絶対的な保証はできかねますが、木材、塗装、ハードウェアに至るまで、大きな修理やパーツ交換の痕跡は見当たりません。驚くべきことに、サドルの高さ調整ネジ(スクリュー)が数本欠品しているものの、「現在の非常に良好な演奏状態と、オリジナリティを最優先する」という意志のもと、あえて現状のまま手を加えず保存しています。
4. スパゲティロゴと初期型ハードウェア
ヘッドにはお馴染みのスパゲティロゴがあしらわれ、丸型のテンションガイド、そして各所にマイナスネジが使用されています。
5. スモールフレット
当時のスモールフレットがそのまま残されており、実際に演奏されてきた歴史を物語るリアルな減りが見られます。
6. クルーソン製「初期シングルライン」ペグ
ペグはクルーソンのシングルラインです。実はクルーソンの最初に搭載されたペグはシングルラインでした。 その後ノーラインとなりますが、すぐにシングルラインに戻されます。後期のシングルラインとの決定的な見分け方は、シャフトが裏面を「貫通していない」のが初期、「貫通している」のが後期となります。本機は言うまでもなく、貫通していない初期型です。
7. 絶妙なグリップ感のVシェイプネック
ネックはVシェイプですが、単なるVではなくしっかりとしたグリップ感があり、エッジ部分にも程よい厚みが残されています。リイシューモデルで見られるような「エッジのきついVシェイプ」とは明らかな違いを感じる、当時の職人による手仕事の妙です。
8. マイナスネジのトラスロッドキャップ
トラスロッドキャップには、1950年の発売から1952年ごろまでという、ごく短期間のみ採用されていたマイナスネジのものが使用されています。
9. ネックポケットのサイン
ネックを外したジョイント部(ボディ側)には、「Fred 35 Minutes」という当時の書き込みが確認でき、製造工程の生々しい息遣いを感じさせます。憶測ですがフレッドさんが35分で仕上げたのでしょうか?
10. エクストラキャビディの無いボディ
これも最初期のブロードキャスターを表す決定的な部分です。フロントピックアップからコントロールキャビディに向けての穴はロングドリルで開けられています。
11.ネイルホール
当時のフェンダー社の塗装はアンダーコートからトップコートまで全てラッカー系の塗装が施されています。このネイルホールはボディを塗装する際に釘状のピンを3-4箇所打ってから、先ずボディのトップを塗装し、ピンが打たれたトップ面を今度は下にしてボディバックを塗装します、ピンが打ってあるおかげでトップ面が土台に触れる事がありません。
12.コントール・ノブ
テレキャスターにはクロームメッキの円柱型のノブを使用。1950-1951年ごろの最初期のノブはトップに丸みがあるが比較的緩やかな丸み。この後1953年にかけて、トップはしっかりとした丸みを帯びたドームノブの形状に変わっていきます。1950年代の末にはトップが平になるノブが使用される為、1950年代でも変更点の多い部分です。
・CRLのスイッチ
・クラロスタットのポット
1950年から1954年ごろまで使用されたクラロスタットのポットは、本体に黒か青の印字でデイトが入れられています。その為、消えてしまって見えなくなっている物も多く見られます。
・コンデンサ
ブロードキャスターにはトーンコントロールが無い為、フロントピックアップのプリセット・ハイカット用にコーネル・デュブラーの0.05MFDコンデンサが使用されています。
・ストリング・フェラル
テレキャスターはボディの裏から弦を通す為、ボディに弦を留める為のブッシュが埋め込まれています。正式な名称はストリング・フェラル。1959年ごろまではボディの面に合わせて埋め込まれています。
・ピックアップと抵抗値
ネックピックアップの抵抗値が7.65kΩ、ブリッジのピックアップの抵抗値が9.99kΩです。ネックとブリッジピックアップで抵抗値に大きな差があるのも特徴。カスタムショップの'50/'51 Blackguard Tele Pickups Setもネック7.33kΩ、ブリッジ9.73kΩとオリジナルを踏襲して制作されています。
唯一無二の存在感を、その目で
ただ古いだけでなく、関わった人々の情熱、後悔、そして愛を吸い込んできた「0019」。 個体そのものが放つ厚みと深さは、一瞥しただけで周囲の空気を変えてしまうほどの威風堂々たる存在感に満ちています。
黎明期のフェンダー職人たちの息遣いと、76年の奇跡を、ぜひTC楽器で体感してください。
この記事を書いた人:松井(TC楽器 店長)
協立楽器新宿店店長を経てTC楽器に入社。店長としてビンテージギターフロアやエレキベース、アンプ、パーツ等ジャンルレスに担当を歴任。著名ミュージシャンからの信頼も厚い、業界屈指のエレキギター販売の第一人者。好きなミュージシャンはB’z。趣味は競馬やゴルフ。
保有資格・実績: 楽器鑑定士歴20年、ギターマガジン等への執筆・監修協力
▶︎執筆記事はこち
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