中古楽器が店頭に並ぶまで -管楽器編- - TC楽器 - TCGAKKI



 

大久保管楽器店の最大のポリシーは、商品に対する「徹底した調整/修理」その点に尽きます。中古楽器専門店として新大久保の地に店舗を構えて20年。御承知の通り、当地は管楽器専門の名店が集まる街です。否応なく比較される環境で鍛えられてまいりました。まわりのお店に並んでるピカピカの【新品】と当店が扱う【中古品】のイメージ。スタート時点でハンディを背負っていることもあり、並大抵の調整/修理では、同じ土俵に立つことは出来きません。だからこそ、入荷品の調整/修理には妥協は致しません。管楽器修理を全般に行う技術者にすべて一任するのではなく、金管楽器、ダブルリード、フルート、シングルリードと、それぞれの分野の専門技術者に依頼しているのも、入荷した楽器に備わっているポテンシャルを最大限に引き出すための選択のひとつです。


オープン当初は、「いちおう吹けるように調整はしているんだ、、へぇ」と云われる程度でしたが、現在ではプロ奏者の方々からも「調整がイイね」と仰って戴けるまでに成長いたしました。もちろん技術向上にゴールはありませんから、現状に甘んじるつもりはございません。よりいっそうの御満足を戴けるよう、お客様からのご要望、ご意見に耳を傾けながら、日々中古管楽器の調整/修理に取り組んでおります。


今回の修理楽器:H.SELMER アルトサックスSERIE IIです。使用年数は約2年未満ですが、製造からは10年経過。一見綺麗に見えますが、じつは・・・

CAUTION!!

掲載している修理・調整は、経験を積んだ専門技術者のみが行える技術です。
一般の方は真似をしないでください。故障、破損等の損害については、当店は一切の責任を負いかねます。また、修理・調整についての技術的なご質問にはお答え出来ませんので、あらかじめご了承ください。

1. 楽器の状態をチェック

まずは、楽器をくまなくチェックしていく作業です。

タンポ(=パッド)のチェック

現状で装着されているタンポのコンディションをひとつひとつ確認します。「とりあえず使えそうな」タンポであっても×。御購入戴くお客様が数年先まで快適にお使い戴けるレベルで判断します。今回は、全タンポ交換の修理です。当店で扱うサックスの9割程度は全タンポ交換しています。

 

管体歪みのチェック

凹みを気にされる方が多いのですが、じつは歪みの方が注意が必要です。歪みといっても、一見しても判らない程度の僅かな「たわみ」ですから、気付かないで使用してる方が多いですね。ただし、その僅かな歪みの放置は、キィバランス、アクション、全体の鳴りに悪影響を残します。

 

凹みのチェック

現状での凹みはもちろん鳴りに悪影響を与えますが、修理方法には細心の注意が必要です。サックスは金管楽器以上に管体全体のバイブレーション(振動)が大きな楽器です。後述で触れますが、過度な板金で金属変成を起こさないよう、当店では可能な限りハンマーで叩かずに凹みを修正する方法を選択しています。

消耗品の痛み・サビ・バネの状態/キィの動き・ガタつき等をチェック

ガタつきは歪みによるガタつきなのか、消耗によるものか、チェックしておきます。

 

2. 楽器を分解する

 

キィの動きをチェックしながら、パーツをはずしていきます。

 

 

アルトサックス一本でこんなに沢山のパーツがついています!

2番管(ストレート管)と1番管(U字管)をはずします。

 

 

 

全分解した状態。もう一度、歪み、凹みをチェックしておきます。

 

 

3. 歪み・凹み修正

この小さな凹み(1番管のアール側面)を修正します。わかりますか?光りが少し歪んで見える部分が凹みです。

ベルの形に合わせた芯がね

 

 

 

芯がねを通して、凹みの修正を行います。

 

 

 

金属に余分な負担をかけないように、なるべくハンマーで叩かずに凹みを修正していきます。

 

 

凹み修正後の状態。反射した光が歪まず、綺麗な曲線を描きます。

4. トーンホールの整備

製造段階でトーンホールが平らではないものやバリが残っている状態のまま、タンポ合わせを行っているサックスは意外と多いものです。しかし、タンポに余計なストレスをかけることなく精緻な塞がりを得るためには、トーンホールは平らで綺麗に製作しなければならない箇所です。従いまして、タンポを交換する際には、手作業でトーンホールを平らに整えていきます。
トーンホールの高さが低くなってしまうのでは?!と心配になるかもしれませんが、最小限の削り幅で平らにしていきます。かなり作りが悪い個体の場合でも最大で0.5ミリ程度の差に留めます。
ヤスリ掛け→ヤスリに目の細かい紙ヤスリを被せたものでヤスリ掛け→キサゲでバリとりの順序でトーンホールを整えていきます。

ヤスリ掛け

 

 

 

ヤスリに目の細かい紙ヤスリを被せたものでヤスリ掛け

 

 

 

キサゲでバリとり

バリが出たままだと、タンポの傷みや破れの原因になったり、ベタつき・食いつきの原因にもなるので丁寧に取り除きます。

 

 

5. バネのサビとり、楽器洗浄

楽器を界面活性剤入りの中性洗剤で洗います。洗うものは、管体・ネック・マウスピース・リガチャー・キャップ・ソケットです。

洗う前に、バネのサビを落として、ネックはコルクを外します。コルクを巻いた時に剥がれにくくする為、ヤスリで傷をつけておきます。ジョイント部分はベノールで磨き、綺麗にします。

 

 

中性洗剤をしっかり泡立てて洗います。

 

綺麗に洗浄した後は水分をよく拭き取り、バネにサビ防止剤を塗ります。

 

 

6. 消耗品の交換・キィの掃除

タンポは、シェラックという溶剤でカップに装着されています。バーナーでカップを熱し、中のシェラックを溶かしてタンポを外します。古いラックはきれいに取り除きます。

コルク、チューブ、フェルトをはがします。

 

 

 

コルク、フェルトがつく部分はヤスリで平らに削ります。

ヤスリキズをつけることにより接着材がキズに入り込み、しっかり接着することができます。

 

 

 

ヤスリ掛けした部分はバリをとります。

 

 

 

一つ一つのキィをジッポオイルとエタノールで掃除、消毒します。

 

 

 

パイプの中や芯がねもすべて掃除します。

 

 


新しいタンポをつける。

タンポのサイズは、カップの底面内径と全く同じものだとカップに装着した時に僅かな余裕がでてしまい、タンポの収まりが悪く安定しません。工場出荷時の楽器には多く見受けられますが、カップの内径と同じどころか、カップよりも小さいサイズのタンポが入っていることも少なくありません。

今回のH.SELMER SERIEII のタンポ。新品購入から一度も調整に出していない楽器ですから工場出荷時のタンポです。

 

 

 

右上の写真のようにカップとタンポの間に隙間があると、接着剤となるシェラックを十分に入れることができません。タンポをはずすと、大抵こんな風に少量のシェラックしか入っていないのです。

 

 

 

カップとタンポの間に十分にシェラックがいきわたっていれば、中はこんな風になっています。

 

 

 

タンポはカップ内径よりも0.5ミリ大きいものを装着します。

 

 

 

シェラックはフレーク状に砕いたものをカップに適量盛り

 

 

 

バーナーであぶって溶かします。

 

 

 

さらに溶かします。

 

 

 

タンポをカップに入れ、ブースターを押し込みながらヘラでタンポを平らに装着します。

 

 

 

均等に圧力を掛けながら装着します。

 

 

 

コルクをつけます。

(写真左)合成コルク:圧力がかかっても変化しにくく、水分や油がしみこみにくい。耐久性がある。

(写真右)天然コルク:圧力がかかると変化しやすく、水分や油がしみこみやすい。クッション性がありノイズがでにくい。

 

 

 

この2種類を適所に使い分けます。厚みはそれぞれ5種類ほど。

 

 

 

写真のように、工場出荷時には殆どの部分に天然コルクが使われています。(メーカーにより差あり)
バランスが変化しやすいですが、ある程度圧縮されてもノイズが出にくいという理由でしょう。

 

 

 

しかし、バランスに関係する個所やキィそれぞれが圧力をかけあう個所のコルクは、今回修理している使用頻度の少ない美品状態の楽器でも、こんなふうになっています。
こんなに厚みが沈んでしまえば、もちろんバランスも変わってしまいますし、油で傷んで今にも剥がれそうですね。

 

 


圧力が掛かりやすい部分、滑りを良くするために油を使う部分等には合成コルクを使います。 

フェルトをつける

厚みが必要な個所には、繊維を圧縮しただけのフェルトではなく、織り込んであるフェルトを使います。

 

 

 

使用するフェルトはキィに取り付ける前に圧力を掛けて、ある程度の所まで沈ませておきます。使用による変化を最小限にするためです。

 

 

チューブを付ける

取り付けるパーツによって、素材、厚みの異なるチューブを使い分けます。

 

 

例えばオクターブキィのパーツには、ノイズの出にくいシリコンチューブを入れ、その上から熱収縮チューブを被せてバーナーで熱を加えます。
熱収縮チューブが縮んで内側のシリコンチューブにぴったりくっつきます。

ローラー部分にグリスを入れる

ローラー部分には長期の使用に耐えられる素材を選んでいます。ただし、直接手の汗が触れ油分が抜けやすい部分でもありますので、グリスが抜けてローラーからノイズが発生したり、動きが悪くなった時点で、定期的な調整時期の目安と考えると良いでしょう。

 

 

7. ネックのコルク巻き

コルク巻き

予めネックにシェラックを塗っておきます。
ネックを熱し、シェラックが溶けている状態でコルクを巻きつけます。
コルクを圧着させながらネック内を熱してラックを再び溶かし、接着します。
マウスピースに合うサイズになるまで紙ヤスリで形を整えます。

 

8. 芯がね合わせ・ガタとり

右手キィ列、左手キィ列

右手で操作するキィ(Fsharp.gif・F・E・D)と左手で操作するキィ(C・B・Bflat.gif・A)は、それぞれ長い芯がねを通して管体に組み立てられています。

一つ一つのポストの穴の真ん中をスムーズに通るようにポストの位置を調整していきます。
ポストの真ん中を通らず無理矢理に組んでしまうと、芯がねに負荷がかかり、キィの動きが悪くなってしまいます。

 

 

芯がねとポストのガタをとる

次に芯がねとポストのガタをとります。先程の長い芯がねを通してドライバーで締めてみると、芯がねの頭部分とポストとの間にガタがある事があります。
長年使用している間にガタが生じるだけではなく、製造時からの不具合も意外に多いですね。
演奏中に芯がねが飛び出てきた事がありませんか?多くの原因は、この部分にガタがある場合です。
右手列、左手列、オクターブキィ、lowEflat.gif・C列(芯がねでない場合もある)この4ヶ所の芯がねについてガタ取りを行います。

特に右手列の芯がねのガタがとれていないとバランスが安定しない、サブトーンがでにくい、低音が出しにくいなどの症状が出やすくなります。さらにガタつきが大きいと、どんなに調整をしても右手を動かす時に金属音のようなノイズがする事もあります。(実際はガタつきが原因なので、キチンとした調整がとれないハズなんですが、結構ガタがあるままで製造されている楽器が多いですね・・・)

 

 

キィの縦ガタ、横ガタをとる

ポストとポストの間にキィが収まるのですが、このポスト間の長さよりもキィのパイプの長さが短いとガタつきが出ます。これが横ガタです。

逆にキィのパイプの長さの方が長ければキツくて入りませんが、これはポスト自体が左右どちらかに倒れていることも考えられます。

さらに、芯がねとキィのパイプとの間に必要以上の隙間があり、キィが上下左右にガタつくことがあります。これが縦ガタ。

横ガタと縦ガタ、両方を取ります。

 

 

 

右手のF・E・Dと連動しているFsharp.gifキィ、左手のB・Aと連動しているCキイはパイプが二箇所に別れていますので、芯がねがストレスなく通るようにキィを曲げて調節します。

その他の芯がね部分にも同じようにガタ取りを行います。

 

 

9. バネ曲げ、注油

バネをしごいて曲げなおす

それぞれのキィはポストについている針バネによって動いています。

ですから、キィのタッチや強さは、このバネの曲げ方で変わってくるのです。

工具でバネをつかみ、しごきながら形を整えます。

 

 

注油

芯がね部分にはグリスに近いジェル状のものを入れます。
多めにジェルをいれて、一旦心金を通してよくなじませてからキイを組みます。 あふれたグリスをきれいに拭きます。
“キィオイルはどこに差すの?”というご質問をよく戴きますが、お客様がキィオイルをさす必要はございません 。

キィを組んだ状態でポストとキィの間にオイルを垂らしてもなかなか中に入っていきませんし、キィが入り込んでいて綺麗に拭き取れず、結局楽器がオイルまみれ、なんて楽器をよく見ます。

注油は調整の際に技術者に任せるべきです。

しっかりガタとりをした楽器であれば、半年~一年に一度の定期点検の間にオイル切れでノイズがでることもありません。

 

 

ネジ部分には先程ローラー部分にも使った重めのグリスを使用します。

SERIE II のネジ受けの構造は他の楽器と異なり、ネジで留めるキィの両端の中は深い空洞があり、バネがついたネジ受けが中に入っています。

中のネジ受けを一つ一つ外して空洞部分にグリスをたっぷりいれます。

 

 

10. タンポ合わせ

「タンポが合っているとか、合っていないとか。よく耳にするけれど、結局の所タンポが合ってるって、どういう事?」と疑問に思っている方も少なくないと思います。簡単に言うとトーンホールの円にタンポが同時に着地すればタンポが合っている状態です。少しでも先に着地してしまう部分があれば吹奏感は違ってきます。

まず、光を通しカップとタンポの状態を見ます。

 

 

タンポの真ん中にトーンホールが来るように修正します。(キィの構造上、真ん中に持ってこれない場合もあります)

 

 

左右どちらかに傾いていれば、カップとトーンホールが並行になるようにします。

カップが右上がりに傾いている状態。光りが右側からもれているのも判断材料のひとつ。

 

 

カップの傾きを治した状態

 

 

同じようにカップの手前と奥側の角度を変えて、トーンホールとカップが平行に、自然に全面的に合わさるようにします。

バーナーでカップをあぶってシェラックを溶かします。

 

 

ヘラで更に微調整をしながらタンポがトーンホールに全面的に同時に着地するようにします。

 

11. バランス、開きをとる

連動しているキィは、それぞれ同時にしまるように調整します。
それぞれのキィを適切な開きに設定します。
kome.gif
バランス調整につきましては具体的な記述や写真説明が難しいため割愛致します。

12. 2番管(ストレート管)と1番管(U字管)の接着

H.セルマーのSERIE II は、じつは2番管(ストレート管)と1番管(U字管)の接続部分にはグリスが入っているだけの場合が多いんです。

 

 

この部分には接着剤を入れて組み上げます。

 

 

ベル支柱が写真のように歪んでいる場合は、曲げ直してから組みます。

 

 

修正後の状態

 

13. 順にキィを組み、調整していく

順にキィを組み、調整していきます。

バランス

連動するキィはバランス調整が必要です。使い始めの頃は、バランスコルクにかかる圧力によりコルクが沈み、バランスの崩れが起きやすくなります。
『バランスコルクの圧力による沈み+タンポがなじんで轍が深くなることによるバランスのずれ+キィを押すことによるキイのたわみ』
この3つの要素をふまえて、最初のバランスを設定します。

開き・あそび

開きとはトーンホールとタンポの間の距離のこと。音の抜けや音程バランスを左右します。バランスと同時に開きを決め、あそびもとっていきます。(あそび→連動するキィ部分はそれぞれの開きコルクの厚さにより、あそびが生じる場合があるので、コルクを削ってあそびが無い状態にします。)

バランス・あそびをとった状態で、なおかつ開きもそれぞれ適切になるように調整します。

一般的にサックス調整と云うと、この最後のバランス調整だけをイメージされる方が多いのではないでしょうか。もちろん最重要ポイントですが、前段階(1~11までの各項目)で、どれだけ丁寧に修正・整備が施されているかも大切なんです。

『再調整に出しても、すぐに調子が悪くなってくる、、』もし、お手元の楽器がそういう症状だったとすると、バランス調整の前段階に遡らなければならないのに、そこまで手が入れられていない可能性が考えられますね。

 

 

14. 最終チェック・店頭出し

すべての調整が終わったら、試奏チェックをします。

 

ショーウィンドーに展示し、ひとまず調整作業は終了です。
※通販発送前や店頭御購入前に、もう一度点検を行います。調整から1ヶ月を経た展示品も同じです。

いかがでしたでしょうか?
使用2年未満で綺麗に見えたセルマーSERIE IIも、手を入れなければならない箇所がたくさんありました。当店では中古品として傷んだ箇所を修復していくだけではなく、製造時からの不完全な部分にもメスを入れ、入念な調整を施していることがお判り戴けたかと思います。冒頭で『偏見も根強い中古専門販売店として、まわりの名店と同じ土俵に立つには、並大抵の調整/修理ではダメ』と申し上げた結果が、此処に辿り着きました。在庫の90%近くは、今回と同じ調整工程を施しています。入門機種であっても同じです。この内容が特別調整と云うわけではなく、THE中古楽器屋で販売しているサックスのスタンダードな調整工程となります。「中古サックスはちょっと・・・」そんな方にこそ、是非お試し戴きたいと願っております。“中古サックス”のイメージが変わることを保証致します。

 

サックス修理・調整の技術スタッフの紹介

川端亜由美 (写真奥)
大久保管楽器店/リペアスタッフ・・・サックス・クラリネット修理

小田桐慶太 (写真手前)
サックス専門リペアショップ【小田桐工房】・・・サックス調整技術サポート、凹み・管体歪み修正全般依頼

 

【小田桐工房】のご紹介

12歳からサクソフォーンを始める。高校卒業後、音楽学校にて演奏技術を学んだ後、国内サクソフォーン専門メーカーに入社。製造とリペアの技術を習得。現在サクソフォーン専門リペアショップ『小田桐工房』を設立し、プロ、アマチュア、ジャンルを問わず全てのサクソフォーン奏者へ最高のリペア技術を提供している。


管楽器

コメントを残す

すべてのコメントは公開前にモデレートされます