Ace Tone FM-2

デッドストックの奇跡!
Ace Tone FM-2 50年の眠りから目覚める

ある晴れた日の午後、店のメールボックスに、1通の短い問い合わせが届きました。
それは、遠く海を越えた見知らぬ国から。
「このペダルを、買い取っていただけませんか?」

その言葉に添えられていた写真を見て、私は思わず息をのみました。そこに写っていたのは、日本が世界に誇るヴィンテージファズの至宝、Ace Tone FM-2 FUZZ MASTER。しかも、見たこともないほどの数でした。

FM-2といえば、数あるAce Toneファズの中でも特に人気が高く、その凄まじくも官能的なサウンドで多くのギタリストを虜にしてきた伝説の名機です。

「これは、とんでもない話かもしれない…」

直感的にそう感じました。私は、海外の熱心なコレクターからの連絡だろうと想像を膨らませながら、すぐさま返信を送りました。

プロローグ:一枚の写真が告げた、信じがたい真実

メールの送り主とやり取りを重ねるうち、驚きの事実が次々と明らかになります。彼はインドネシアのジャカルタ在住で、現地では名の知られたロックバンドのドラマー。かつては日本でアルバムをリリースした経験もある、我々と同じ音楽を愛する人物でした。

そして彼は、決定的な情報を私に告げます。
「このFM-2はすべて、"未使用のデッドストック"なんです」

その言葉と共に送られてきた追加の写真に、私は再び絶句しました。山と積まれたFM-2。その一つひとつが、発売当時のものと思われる色鮮やかな化粧箱を身に纏っているのです。まるで昨日工場から出荷されたかのような、完璧な状態で。
「まさか、そんなはずは…」


にわかには信じがたい光景でした。数十年の時を経て、なぜこれほど大量のデッドストックが、遠く離れたインドネシアに存在するのか?
彼によると、これらはすべて、ジャカルタにかつて存在した楽器店「Irama Megah(イラマ・メガー)」の倉庫で、何十年もの間、誰にも知られず眠り続けていたものだというのです。その言葉を聞いた瞬間、私の全身に、落ち着きと興奮が入り混じったような不思議な感覚が駆け巡りました。これは、歴史的な発見の瞬間に立ち会っているのかもしれない、と。

第一章:インドネシアの楽器店と、日本のものづくりの魂

我々は、この奇跡の背景を紐解くべく調査を始めました。
「Irama Megah」は1970年、ジャカルタのガジャ・マダ通りにオープンした楽器店でした。驚くべきことに、この店は地元の楽器は扱わず、主に日本や中国からの輸入品を専門に販売していたといいます。当時のインドネシアではヤマハのエレクトーンやハモンド製品と並んで、このAce Toneのエフェクターもまた、海の向こうから届いた最新の音楽機材としてショーウィンドウを飾っていたのでしょう。店の跡地は今、ショッピングモールになっているそうですが、その地下倉庫の暗がりで、FM-2たちは静かに出番を待ち続けていたのです。

 

では、その作り手であるAce Toneとは何者か。
Ace Toneは、後にRolandを創業し、TR-808やJUNOシリーズといった革新的な製品で世界の音楽シーンを根底から変えることになる天才、梯郁太郎(かけはし いくたろう)氏によって1960年代初頭に設立された日本の電子楽器メーカーです。まだ「エフェクター」という言葉すら一般的でなかった時代に、彼はすでにギターサウンドの可能性を追求していました。Maestro FZ-1やTone Benderといった海外製ファズが世界を席巻し始めた1960年代後半、日本のガレージから産声を上げたのが、このAce Toneのファズシリーズだったのです。

日本の貴重な初期ファズが、当時インドネシアにまで輸出されていたという事実。そして、当時のジャカルタにも存在したというロックバンドたち。
「もしかしたら、現地のギタリストたちも、この黒い箱が鳴らす過激なサウンドに胸を躍らせていたのかもしれない」
そう思うと、音楽という共通言語が紡いできた、目には見えない歴史の繋がりに、心が震えるのを覚えました。

「Irama Megah」の当時の広告

今の「Irama Megah」

 

第二章:時を超えた咆哮
今、初めてプラグインされるFM-2のサウンド

そして遂に、長い旅を経て、ジャカルタで眠っていたFM-2たちが私たちの元へ到着しました。箱を開けた瞬間に広がる、古い紙と電子部品の独特の香り。重厚なエンボス(凸凹)加工が施された黒い筐体は、まるでマエストロ社のファズを思わせる威厳に満ちています。
震える手でシールドを繋ぎ、アンプのスイッチを入れる。数十年の沈黙を破り、FM-2が初めてそのサウンドを解き放つ瞬間です。
“BEEEEE!!”

スピーカーから飛び出したのは、脳髄を痺れさせるようなアッパーオクターブを含んだ、激しくも美しい歪みでした。

  • コントロール: 電源スイッチを兼ねる ‘VOLUME’ 、歪みを司る ‘FUZZ ADJ.’ 、そしてサウンドキャラクターを決定づけるトーンセレクタースイッチ。FUZZ ADJ.は最小にしてもすでに大地が揺れるほどに歪んでおり、上げていくにつれて倍音が飽和し、唸るようなサステインが溢れ出します。
  • サウンド: 「ビービー」「ジージー」という、これぞ国産ヴィンテージファズと言うべき荒々しさ。そこに加わる憂いを帯びたアッパーオクターブが、ただの暴力的な歪みではない、艶やかで深みのあるサウンドを生み出します。コードを弾けば心地よく潰れ、豪快に前に出てくるサウンド。そして特筆すべきはトーンセレクター。ONにすれば低音と高音が強調されたドンシャリサウンドへと豹変し、驚異的なほどメタリックで攻撃的なトーンを吐き出します。

これは単なるエフェクターではありません。日本のものづくりの情熱が詰め込まれた、タイムカプセルそのものです。

第三章:FUZZ MASTERの系譜 〜FM-1とFM-3〜

この奇跡的なFM-2をより深く理解するために、その兄弟たちにも触れておきましょう。

・Ace Tone FM-1 FUZZ MASTER: FM-2の前身であり、Ace Tone初のファズ。Maestro FZ-1Aに酷似した筐体に、単3乾電池2本で駆動する仕様までそっくりです。しかし、サウンドは全くの別物。細身なFZ-1Aとは対照的に、ゲート感が強くブーミーで、音圧で勝負するようなサウンドです。余談ですが、梯氏はこのファズを開発するにあたり、なんと日本の伝統楽器である「三味線」の音を原点に据えたといいます。その独創的な発想こそが、Ace Toneサウンドの核となっているのです。

・Ace Tone FM-3 FUZZ MASTER: FM-2の後継機。ファズとブースターの2in1仕様へと進化したモデルです。BIG MUFFを彷彿とさせる太く荒々しいサウンドを持ちながらも、FM-2より洗練された印象を受けます。その筐体デザインや仕様は、後のRoland BeeBaaへと繋がる系譜を感じさせ、梯氏のサウンド探求の旅路を物語っているようで非常に興味深い一台です。

エピローグ:新たな音楽の旅へ

今、ここから遠く離れたインドネシアの地で、FM-2たちは長い眠りから目を覚ましました。誰にも知られることなく、静かに時を重ねてきた日本製ヴィンテージファズが、再び音楽を愛する人々の手によって、その存在を輝かせようとしています。
これは単なる“古い機材の発見”ではありません。かつて音を奏でることなく歴史に埋もれてしまったかもしれない小さな命が、数十年の時を経て、再び力強い鼓動を打ち始めた瞬間なのです。
Ace Tone、そして梯郁太郎氏が築いたものづくりの魂は、時代や国境を越え、今なお私たちの心を揺さぶり、創造力をかき立て続けています。
ジャカルタから届いたこの奇跡のファズたちが、新たなオーナーの足元で素晴らしいサウンドを奏で、音楽という果てしない旅の未来を、明るく照らしてくれることを願ってやみません。