佐野が初めて出会った伝説のペダル ”TONE BENDER MkI”
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TC楽器にTONE BENDER MkIがやってきた
まずこのお話を頂いた時に、「まさか、これは夢なんじゃないか‥。」と思ってしまうほど私は狼狽を隠せずの状態に陥りました。それは年間2,000台以上のエフェクターとの関わりを10年以上続けてきた私にとっても初めての出会いでした。
それもそのはず、その希少さゆえに幻のペダルとも謳われるTONE BENDER MkIをまさかのまさか、当店へお譲り頂く運びとなったのです。
今回お譲り頂いた前オーナー(A氏)は音楽関係の仕事を主に活動しており、最初のきっかけとしてレッドツェッペリンのジミーペイジのギターサウンドに感銘を受けて、TONE BENDERに興味を持ったとのこと。「非常に生々しい歪み。」「どうやったら同じサウンドが作れるのか。」と探求を続けていくうちにMkIIの歴史をさらに遡り、ビートルズが大好きで仕事の関係であのジョージ・マーティンの現場にも立ち会ったこともあるということもあり、最高峰であるMkIがいつか欲しいと思い探し始めました。そして3年間ほど探し続け、遂にMkIを手に入れられたとのことです!
「イギリス国内にも無いよ」
そこまでの道筋は平坦なものでなく、ある人に尋ねれば「イギリス国内にはほとんどないよ。」挙げ句の果てには「見たことがない。」と言われ、やっとのことでイギリス国内の知り合いからの紹介の紹介を経て辿り着いたのが、なんとロンドンに住むゲイリー・ハーストの知り合いの方!
2010年頃その方に木製MkIとメタルケースMkIを2点同時に譲って頂いたとのこと!それはあまりにも良いサウンドで、初めて音を出した時の感動は今でも忘れられないと。特に木製バージョンのMkIが気に入っており今までずっと手放せなかったとのことです。
これからのことを考えると自分で使用する機会が徐々に少なくなっていくということ、このまま所持しているよりこのペダルを後世に繋げていきたいという想いが強くあり、このペダルの良さ、貴重さをよく知っている佐野さんに是非という理由で今回お譲り頂きました。
ゲイリー・ハースト(Gary Hurst)について
トーンベンダーの生みの親で彼の豊かな発想、類稀な才能により”今日のエフェクターのルーツを作った男”と言われていますが、細かなプロフィールはほぼ謎に包まれています。
彼は父から学び、ラジオの製作から始めましたが、常に音楽に非常に興味を持っていました。1963年頃にはバルブテープエコーの製作を経て、1965年にトーンベンダーを手掛けることになります。
1968年に彼はイギリスを離れてイタリアに行き、クルーマー(Crumar)とエルカ(Elka)のキーボードをデザインしました。1970年代半ばに、彼は自らキーボードとギターペダルを製造する会社、Electronic Soundsを設立。本ブランドは1980年代初頭まで続きました。
1968年に彼はイギリスを離れてイタリアに行き、クルーマーとエルカのキーボードをデザインしました。 70 年代半ばに、彼はキーボードとギター エフェクターを製造する会社、Electronic Sounds を設立しました。 デジタル楽器が普及して手頃な価格になった80年代初頭に、同社は姿を消しました。
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TONE BENDERについて
トーンベンダーは、Gibson Maestro Fuzz-Tone をベースにした3つのトランジスタを搭載した回路から構成されているペダルです。今日も星の数ほどのレプリカが作られ、後世のファズペダルなどに多大な影響を与えています。
技術者であるゲイリー・ハーストは、1965年の夏頃にこれらを製作/販売を開始しました。
初期の個体は彼の兄が作ったと言われている木製のケースに収容。これは試作品で後に、ゴールドフィニッシュされ折り畳まれたスティール製の筐体が使用されています。MkIの生産は1965年の12月までとされています。続けてレッドツェッペリン(Led Zeppelin)のジミーぺイジ(Jimmy Page)の使用などで有名なMk2、Mk3(Mk4)、その間にトランジスタ2つ搭載した仕様のMk1.5があります。
今回はそのなかでも最も貴重と言われるMkIをテーマに取り上げていきたいと思います。
1965年、ロンドンの22デンマークストリートにある、楽器店マカリスミュージカルエクスチェンジ(Macari’s Musical Exchange)の奥の部屋で、ギタリストたちはアンプに新しいサウンド、すなわち”より多くの歪みとサスティーンを備えたサウンド”を求めていました。インスト・ロックンロール・グループであるジョン・バリー・セブン(The John Barry Seven)のヴィック・フリック(Vick Flick)がオリジナルのマエストロのFuzz- Toneを持っており、彼はよりサスティーンの高いペダルを要求したとのこと。そこでゲイリー・ハースト氏は彼に新しいファズボックスを作ったのです。
氏はそれを「トーンベンダー(TONE BENDER)」と名付けました。極初期の数台の”トーンベンダー”は木製の箱に収納され、14ギニーの費用がかかりました。ジェフ・ベック(Jeff Beck)は氏の最初の顧客の一人で、トーンベンダーは、Yardbirdsの名曲「Heart Full Of Soul」を含む多くのシングルで使用されました。とゲイリー・ハースト氏は回顧しています。
ゲイリー・ハーストはまず木製の試作品10ケを作製した後に、スティール製の個体製作に取り掛かります。個人で作ったものをSOLA SOUND名義で売る為に作った個体の筐体には”SOLA SOUND”の小さなロゴが入れたとのことです。
現時点でわかっていることは、インスタントレタリング仕様(肩に”SOLASOUND”の小さなロゴなし/“TONE BENDER”の書体が細かったり太かったり、やや横潰れぎみ)の個体は出力が小さい傾向、シルクスクリーン仕様(肩に”SOLASOUND”の小さなロゴあり/“TONE BENDER”の書体が太く、やや縦長ぎみ)の個体は出力が大きい傾向にあって、前者はジェフ・ベック、後者はミック・ロンソンが使用していたのではないかと考えられています。
しかし個体によって外観やサウンドのばらつきがありますので、これらが全て当てはまるとは言えないと思います。
Gary Hurst TONE BENDER MkI Wooden Case
サイズ 20 × 15 × 5(cm)
重さ 約275g(ペダルとしては非常に軽量)
材質 材は不明ですが木目が良く出ており非常に軽く、木材から感じる高級感があるとはお世辞にも言えないクウォリティ。しかし、存在感は抜群です!
まずは筐体の各寸法が、20/15/5(cm)と妙にジャストなことに驚かされました。
無塗装で特にロゴなどは無く、木製特有の温かみを感じます。筐体がいわゆる木釘で組み込まれており、パーツが組まれている上面部分は完全に分解しない限り細かい内部の確認がほぼ不可能な状態です。故に内部の撮影には相当苦労しました。
フットスイッチ部分を含んだ電池蓋は4つの木ネジで固定されており、交換の際はその4つのネジを外し開閉します。電池蓋の裏側には補強のための鉄板がありますが、スイッチをON/OFFした時に多少弛むので、割れてしまわないかハラハラします。
ノブは銀色のものが搭載されている画像を見た事がありますが、本機には黒いプラスチック製のものが搭載されています。
表面は手触りが良く、つるつるに磨かれています。単に薄い木材で組み立てられているだけなので、今にも壊れそうな繊細さがあり、取り扱いの際に非常に慎重にならざるを得ません。
まず木製トーンベンダーはどんなサウンドだと思いますか?私が実機を弾いてみて素直に感じたことをここに記します。
レベルはかなり大きめ、ATTACK(右側)コントロールは9時ぐらいで十分に歪み出します。それ以上に回した時の歪み量はあまり差がないイメージです。フルにすると脳天を突き刺すような衝撃のファズサウンドが飛び出します。特にフロントピックアップでのサウンドは甘くマイルドで、リアルオーガニックなニュアンスが1960年代当時のミュージックシーンへ弾く者をいざないます。
ゲインもサスティーンも十分で、非常にヌケの良い、ゲートがかったザクザクとした味わい深いサウンドがとても印象に残りました。今まで数多くのMkIレプリカモデルに触れてきましたが、それらのイメージとは明らかに一線を画しているサウンドだと思います。ギターボリュームへの反応もすこぶる良く、ボリュームを絞った時の鈴鳴りクリーン~クランチサウンドは超絶品です。個人的にこれ以上のものを体感した事がありません!!(なお、ゲルマニウムトランジスタということで、気温がかなり低い時はゲート感がより強くなることを確認しています。)
内部について
トランジスタは3つ確認。基盤らしきものは無く、ほぼ空中配線。構造上の問題で分解できないので、どうしても型番が確認できませんがブラックキャップ仕様のゲルマニウムトランジスタが使用されています。ちなみに電池スナップはオリジナルのものでは無く交換されています。その他ハンダなどを見ると多少の修正がなされています。
フットスイッチ部分が4つのマイナスネジで固定されていますので、外してみると‥。
正面からの写真。いきなりOUTPUTジャックが見え、左側にゲルマニウムトランジスタ(ブラックキャップ)が見えます。その奥は特殊仕様の為、見えません!
逆さまにしても確認できるのはこの程度。’60年代らしい各パーツを搭載。ワクワクします!
木製ということもあり構造的にアースが取れない為、ノイズが出てしまうことは致し方がないところでしょうか。
「電池交換の為の蓋部分には木ネジを使用しているので、何度も開閉しているとねじ穴が広がって締まらなくなってしまいます。何度も付け外しするとこのような状態に。」→画像名:木製ネジ穴様子
いわゆる“寄り目“と言われるコントロールノブの配置となっています。これがトーンベンダーの原型!
Gary Hurst(SOLA SOUND) TONE BENDER MkI
サイズ 20.5 × 10.5 × 6(底面の突起部分含む/cm)
重さ 970g 非常にずっしりとした印象を受けます。材質 スティール →ロゴにインスタントレタリング仕様とシルクスクリーン仕様が存在。本機は、シルクスクリーン仕様になります。
スチールを折りたたんだ仕様。高級感を感じるゴールドフィニッシュ、シルクスクリーン仕様のロゴ。ゴールドの感じはベタ塗りでは無く、角度を変えるとキラキラと光に反射するような感じです。これはレスポールのゴールドトップなどで見たことがあるようなイメージです。
”TONE BENDER”の文字は、縦長でやや細め。左肩のあたりに小さく”SOLA SOUNDS LTD”の文字。側面4つの小さなネジを外せば取り外し可能。底面にゴム足は無く、4か所筐体そのものが丸く突起しています。重厚さがありとてもしっかりしている作りなので、どんなに踏んでも安定していて、転がしても壊れないような頑丈さがあります。
サウンドについて
”ATTACK”コントロール0で既に歪んでおり、木製ケースの個体と同様、9時の位置から急激に歪み、以降歪み量にあまり差が出ない感じです。全体的にマイルドでゲートががった丸みのあるハイゲインファズサウンドで、ギターボリュームを絞った時は鈴鳴りクリーンというより、マイルドなオーバードライブのような音色になります。
木製ケース仕様とはまた違う歪み、まったくレプリカとは違ったワイルドなサウンドといった印象。
内部について
トランジスタは、OC75(Mullard)が1つ、2G381(Texas Instruments)が2つ搭載されています。 その他 ポットは500KΩ(LEVEL)/50KΩ(ATTACK)、CLIFF社IN/OUTジャック、HUNTS社の黒くごっついA337、WIMA社の25/15、0.01/400-コンデンサー、Allen Bradley抵抗が使用されています。電池スナップは交換がされています。その他ハンダなどを見ると多少の修正がなされている箇所が見られます。
その他気になった点を挙げてみます。
筐体の角度が付いている肩部分の左側に”SOLASOUND”の文字があります。これは”SOLASOUND”販売分としてゲイリー・ハーストが特別に作った個体になります。ゲートがかったマイルドなファズサウンドという点では木製ケース仕様のものとあまり違いはなく、明らかに試作品として作った木製ケース仕様より、進化した完成形トーンベンダーといえるものに仕上がっています。
まずは裏蓋を外してみると‥、ジャックは筐体に固定するタイプです。
時代を感じさせる圧巻のパーツ類。ペダル好きならこれだけでご飯3杯イケます!
ゴム足という概念はなく、筐体裏側の4箇所が直接盛り上がった作りになっており、足の役目をしているのも特徴の一つ。
以下、主な使用アーティスト
ジョン・レノン、ジョージ・ハリソン、ポール・マッカートニー、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、スティーヴ・ウィンウッド、ミック・ロンソン、ピート・タウンゼントなど
トーンベンダーMkIのサウンドを聴く事ができる名曲4選!!
Jeff Beck - Yardbirds/Heart Full Of Soul(1965)
https://youtu.be/TvMy6cF7XeM
ゲイリー・ハースト氏の最初の顧客の一人であるジェフ・ベックのプレイ。印象に残るイントロのリフレインは今になっても色褪せません。
Steve Winwood - The Spencer Davis Group/Keep on Running(1965)
https://youtu.be/kamXvqoL_JA
スペンサー・デイヴィス•グループ時代のスティーヴ・ウィンウッドのプレイ。思い切り歪ませた破壊的なファズサウンドをリフ、中間部分、エンディングで聴くことができます。
Paul McCartney(Bass) - Beatles/Think for Yourself(1965)
https://youtu.be/vtx5NTxebJk
あのビートルズのポール・マッカートニーもベースで使用していました。誰もが聴いたことがあるであろう、あの曲です。
Mick Ronson - David Bowie/Ziggy Stardust(1972)
https://youtu.be/G8sdsW93ThQ
デヴィッド・ボウイの片腕ミック・ロンソンは’70年代に入ってからもMKIを使用し続けていたことで有名です。どちらかといえばオーバードライブ的な使い方をしています。
“TONE BENDER MkI”、そこにはすべてのペダルマニアたちを幸せな気持ちにさせてくれる究極のサウンドがありました。
今まで数多くのレプリカ(再販もの)に接してきた私がまずはっきりと言えることは、いくらオリジナルとまったく同じように再現させたとしても、まったく同じサウンドにはならないということ。当たり前かもしれませんがオリジナルにはオリジナルのサウンドがあり、残念ながら全てを一致させた再現は不可能だということ。
1965年の夏頃から12月まで、少なくとも4ヶ月しかない期間の中で製作された幻のペダルに触れることができたことは非常に幸運で、TC楽器エフェクター担当として今後にも活かせる貴重な経験となりました。
本コラムは、2023.1に急逝した、トーンベンダーを最初に使用した一人でもあるジェフ・ベック氏に捧げたいと思います。