航空技術を応用した全く新しいギター

Adamas

Ovation

Ovationの最高峰=Adamas
そう言われる所以を、あなたはどれだけ知っているだろうか?
Ovationが追い求めた『理想のアコースティック』を、今こそ深く読み解くときだ。

「アコースティックギターといえば?」

という問いに、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
MartinのD-28、GibsonのJ-45──。
多くの人が、きっとこの2大ブランドの名前を思い浮かべたはずだ。

長年、アコースティックギターの世界では「木の美しさ」や「伝統の鳴り」を重んじてきた。
ヘリンボーンのバインディング、飴色に焼けたトップのスプルース、杢がうねり迫力のあるハカランダ、目の詰まった美しいマホガニー。
それらが長らく“伝統/常識“であり“正解“とされてきた。

しかし、1966年、あるメーカーがその常識を覆す。

ボディ材に木を使わず、航空技術を背景に生まれたギターメーカー。
まるで異星からやってきたかのような見た目と、計算され尽くした構造。
それが「Ovation」である。

Ovationという名前を聞くと、「変わり種」「所詮エレアコ」「ステージ映えするけど音は...」といった印象を持つ方も中にはいかもしれない。
正直、当初は私もその一人であった。
楽器屋でOvationを見かけたことがある人なら、きっと一度は立ち止まった経験があるのではないだろうか。
「あのサウンドホールの配置は何なのだろう?」「どんな音がするのだろうか」
それが、私が初めてOvationを目にしたときの感想である。

興味を引かれはしたが、その時はどこか「面白いエレアコ」という認識に留まっていた。しかし、ある1本に出会ってから、その考えは一瞬にして覆された。
その名はOvationの最高峰モデル “Adamas”
初めて目の前にしたとき、真昼間に輝く星を目にしたかのような衝撃が走った。

どこか無機質でありながらも、哀愁・儚さを感じさせる美しい姿。
その佇まいから、触れることさえ躊躇われたが、その姿には抗えない魅力があり、見つめるほどに引き込まれていく。
当時、木目至上主義だった私の前に突如現れた、美の定義を問いただす出会いだった。

その存在に突き動かされるようにOvationの歴史を辿っていくと、アコースティックギターを語る上では外せない存在であることに気付かされる。

これほどまでに革新と芸術が交わったアコースティックギターは他に存在するのだろうか。
昨今では、市場に出回る当時の個体はごくわずか。
コレクター間では静かに、そして確実にその価値が高まっている。

知れば知るほどに面白い“Ovation”
アコースティックギターの世界に革新をもたらした魅力を、あらためて紐解いていく。

Ovationといえば

アメリカの航空企業「カマン・コーポレーション(Kaman Corporation)」から誕生したギターブランドとして知られている。
ヘリコプターのローター製造で培われた技術がギター作りに応用された──という背景は、多くのギター愛好家の間でもよく語られてきた。
では、なぜ航空技術のプロフェッショナルが、ギターの世界に挑んだのだろうか。

「努力を重ね、障害を越えてこそ、成功の果実は甘くなる」
創業者であるチャーリー・カマン(Charlie Kaman)はこの信念を体現し続けた。
その情熱と覚悟こそが、やがてOvationという革新を生み出すこととなる。

チャーリー・カマンは、航空技術者であると同時に、若い頃から音楽にも深く親しんでいた人物だった。
10代の頃にはギターコンテストに出場し、トミー・ドーシー楽団と共演した経験もあった。
その後、トミー・ドーシー楽団のギタリストとしてプロミュージシャンの道に誘われたが、その道を選ぶことはなかった。

その選択には、幼い頃からの強い影響がある。
父親が飛行士だったこともあり、チャーリーは少年時代から飛行機に強く憧れ、高校卒業後はカトリック大学を優秀な成績で卒業し、航空工学の学士号を取得する。
その後、ヘリコプター設計者イゴール・シコルスキーのもとで、航空技術者としてのキャリアを歩み始める。

1945年、チャーリーは自身の発明品と僅かな資金を元に、カマン・エアクラフト(現カマン・コーポレーション)を設立する。
彼の設計した「サーボフラップ付きローター」は、当時としては革新的なヘリコプター制御技術だった。
会社は徐々に成長を遂げ、1950年代には世界初のガスタービン駆動ヘリコプターの開発に成功するなど、航空業界においても新たな時代を築き上げ、確固たる地位を築いたのだ。

しかし、1960年代に入ると、航空機部品の素材は木材から金属や複合素材へと置き換えられ、工場内にいた熟練の木工技術者たちは仕事を失う危機に直面する。
こうした時代の流れから、カマン社は事業安定化のために多角化を模索しており、RV車やゴルフクラブ、さらにはサーフボード製造まで検討されていた。

その中で、チャーリーが着目したのがギターだった。
そのきっかけとなったと言われているのが、彼が持っていたMartinのギターのネックが反っており、修理のためにMartin社を訪れた──という逸話である。

Martin社の社長であるC.F.マーティン Ⅲに招待され、Martin工場に訪れたチャーリー。
そこで、チャーリーはあることに気づいたのだ。
カマン社では創業当時、ヘリコプターのローターブレードをシトカスプルースで作っていた。
そこでは、精密工具と高度な木工機械を用いて5/1000インチの公差を維持していた。
一方で、Martinのギターはハンマーとノミで作られ、ニカワ接着剤が用いられていたのだ。
「俺達ならコストを半分に抑え、もっと正確な製品が作れる」
──そう感じたチャーリーは、Martin社に買収を打診した。
しかし、Martin社は家族経営を重視していたため、申し出は丁重に断られた。

その後も、他ブランドの買収を検討したものの、いずれも自らの理想を実現できる環境とは言いがたかった。

これらの経験から彼は、「ならば、自分でゼロから始めよう」と決意する。
そして1966年、カマン・ミュージック・コーポレーションを設立。
航空技術を応用した全く新しいギター作りに挑戦することになる。
これが、後に「Ovation(オベーション)」と名づけられるギターの誕生である。

世界に衝撃を与えた Adamas の登場

1976年、Ovation社はそれまでの集大成ともいえる革新的なモデル「Adamas 」を発表した。
開発には航空機メーカーとしての技術資産が全面的に活かされ、従来のアコースティックギターとは一線を画す構造が採用された。

Adamasの最大の特徴は、2枚の薄いカーボングラファイトと0.79mmのバーチ材を組み合わせたサンドイッチ構造の超薄型トップ。
この構造により、わずか1.27mmの薄さのトップを実現。
この数値は通常のアコースティックギターのトップのわずか1/3の薄さでありながら湿度/温度にも強く、カマン・コーポレーションが培ってきた技術の結晶と言える。

次に特筆すべきは、サウンドホールが伝統的なセンター・サウンドホールでないことである。

チャーリーはセンター・サウンドホールの存在を疑問視していた。
弦振動はブリッジを伝わりボディを鳴らす。
しかし、ブリッジのすぐ近くに位置するサウンドホールは、その振動を遮り、弱めてしまうのではないかと考えた。
実際に、ブリッジの位置がサウンドホールからより離れている12フレットジョイントのギターの方が、14フレットジョイントのギターと比較したときに振動を得られていることが、彼の主張を証明していた。

こうして、彼の革新的な考えによって、ボディ上部両側に複数配置されたマルチサウンドホールは誕生した。
このサウンドホールはアカンサスの葉が表現された木製の「エポーレット(葉状装飾)」で縁取られている。

ビルマのチーク、インディアンローズウッド、アメリカ産バーズアイメープル、南米のアマランス、アンダマン諸島のパドック、アフリカのサペリなどの多種多様なエキゾチックな木材が用いられている。
画像の通り、色鮮やかで滑らかなサテン仕上げが施されており、思わず手を伸ばしてしまいたくなるような美しさだ。

アカンサスの葉は古来よりギリシア建築や内装などの装飾のモチーフであり、Ovationの最高級機種としてふさわしい風格をAdamasに纏わせている。
このデザインは音の投射性と美観を両立させるとともに、トップの振動をより自由にする効果がある。
トップ板全体の振動を妨げず、音響効率と見た目の独自性を両立したのだ。

また、ヘッドストックとブリッジにはスクロールデザインが彫刻されている。

ここから、チャーリー・カマンが単に新奇性や派手さを追求していたわけではないと推察できる。
このデザインはヴァイオリンやビオラといったクラシカルな弦楽器にも見られ、古典的な意匠と優雅さが取り入れられている。

もうひとつ、初期Adamasの個体で見逃せないのが、このウッドノブ。
樹脂やメタルではなく、丁寧に削り出された木製のノブが使用されている。

このノブには機能以上の意味が込められていると感じる。
指先に触れたときの木の温度感、微妙に異なる木目の表情、そしてボディに自然に溶け込むような佇まい。
それは、カーボングラファイトという人工素材で構成されたこのギターに音の可能性を最大限探求しながら「アコースティックギターとしての美」も追求しているのではないだろうか。

 

実は、ネック構造にも技術革新が盛り込まれており、内部には「カマン・バー」と呼ばれる補強材が埋め込まれている。
これは特別設計のアルミニウムで製造されており、最高の剛性を最小の重量で実現している。

指板には、樹脂含浸されたウォルナットを採用。
通常のウォルナットの約2倍の強度と密度を持ち 熱、湿気、汗 に対して圧倒的強さを持ち、長期間使用しても指板の摩耗がほとんど発生しないとされている。
ネックにもウォルナットが採用され、見た目の統一感に見惚れてしまう。

トップにまで及ぶフィンガーボードは、最大限まで増幅されたボディトップの振動を生かすため、浮くように設計。
これらにより、最大限の振動性を確保し、高い耐久性、安定した演奏性を実現したのだ。

気になる音響的な特徴としては、高域の抜けと明瞭さに加え、豊かでありながらまとまりのある低音、そして倍音の伸びに優れたトーンが挙げられる。
通常の木製トップに比べて、立ち上がりが速く、特にピックアップを通した際の輪郭のはっきりした音像は、多くのプロミュージシャンに好まれてきた。
また、ラウンドバック構造との相乗効果により、音量と投射性にも優れているのだ。
ここまで革新と芸術が交わったアコースティックギターは他にはないのではないだろうか。

ボディサイドには「MONO」と「STEREO」という二つのジャックが設けられており、通常のモノラル出力に加えて、ステレオプラグを差し込むことで、驚くべき体験が可能になる。

ステレオジャックに専用のプラグを用いると、なんと1・3・5弦と2・4・6弦が左右に分離されて出力される仕組み。
ギターの「1本の音」としてではなく、あたかも二人のギタリストが対話するような立体感が生まれ、空間を包み込むような響きが広がる。
この仕様は、当時のライブ現場やレコーディングにおいて、まさに未来を先取りした表現手段だった。

FETプリアンプ

Adamasには、通称「FETプリアンプ」と呼ばれるシステムが搭載されている。
このプリアンプは、サドル下に内蔵された6基の個別ピエゾトランスデューサーによって取得された信号を受け取り、適切に増幅・整音する役割を担う。

ピエゾトランスデューサーは、物理的な圧力や振動を直接電気信号に変換する性質を持つ素子である。
弦の振動だけでなく、サウンドボード(トップ)の微細な動きまでも感知し、その繊細な音の情報を電気的に出力する。その信号はF.E.T.(Field Effect Transistor=電界効果トランジスタ)によって構成されたプリアンプに送られ、ナチュラルな音色を保ちながら適正なラインレベルへと持ち上げられる。

重要なのは、単に音を「大きくする」ためだけの装置ではないという点である。
FETプリアンプは、ギター本来の音の表情を可能な限りそのまま保ち、特にアコースティックギター特有のニュアンスや倍音成分、空気感までも的確に伝える特徴がある。
このFETプリアンプの存在は、単なる電子回路としてではなく、Adamasの音を「外の世界」に伝えるための“通訳”のような存在として語られてきた。
音を変えることなく、しかし聞き手にしっかりと届く形へと整えるその働きは、アコースティック・エレクトリックギターの分野において一つの到達点とも言える技術的成果である。

もう一つ、初期のAdamasの特徴として「1984年以前のAdamasのトップは、極めて薄い」──ヴィンテージOvation愛好家の間で語り継がれてきた。
しかしその真偽を裏づける公的資料は乏しく、あくまで印象論の域を出ないものだった。

そこで私は、当店に所蔵する複数の個体を用い、実測による検証を試みた。
測定方法は、トップ材と一体成型されたエポーレット(装飾開口部)を含む厚みを測り、トップ表面から突き出たエポーレットの高さを差し引くという手法を採用した。
これはトップ板そのものの実質的な厚みを推定するための、比較的信頼性の高いアプローチである。

この方法により、1978年〜1998年の10本のAdamasを測定した結果、個体差によるわずかなバラつきは見られたものの、年代による明確な厚みの差は確認できなかった(後述の年表にて実測値を掲載)。


また、1995年発行の日本向けカタログにおいても、Adamasのトップ板の厚みに関する説明は登場時から変っていないことが確認できる。


にもかかわらず、実際に演奏してみると、初期個体には明らかに軽快で開放的な響きがあり、後期個体とは音響的なキャラクターが異なることを実感する。


この感触こそが、「トップが薄い」と形容される所以であり、実際の厚みではなく、鳴りの印象が“薄さ“という言葉で語られてきたと考えるのが自然である。


結論として、「1984年以前のAdamasはトップが薄い」という言説を物理的に立証することはできなかった。
「薄いから鳴る」のではなく、「よく鳴るから薄く感じる」ということが、実測と演奏体験の両面から得られた結果である。
今後も引き続き、個体の検証を通じてAdamasの歴史と魅力を紐解いていきたい。


音楽の世界に革新的な一石を投じたモデル

異素材の融合、革新的なデザイン、そして独創的なサウンドキャラクター。
誕生から半世紀近くが経った今も、その存在感と魅力は色褪せることなく、多くのギタリストを魅了し続けている。
ここでは、Advance Guitarsの在庫品の中から、選りすぐりのモデルたちをディテールやサウンドインプレッションとともにご紹介したい。
Ovationというブランドがなぜ特別なのか、その理由をあらためて感じていただけるだろう。

1978年製 Ovation Super Adamas 1687-8

Adamasの魅力が余すところなく凝縮された1本。
ボディサイドにはウッドノブやステレオ付きアウトプットが施され、ボディバックのサイド側にはメンテナンスホールが配置されている。
ラメが多く散りばめられているのもこの時期の特徴で、宇宙の星々を閉じ込めたかのように、光を受けて煌めくボディは、革新性と華やかさが見事に共存した存在感を放っている。
ボディ内部のラベルには、チャーリー・カマンの自筆サインが入っており、AdamasがOvationの1つの集大成であり誇りであることを強く物語っている。

そして、何より感動を呼ぶのがそのサウンドである。
限界に挑んだ設計=極限のボディトップの薄さが実現するドライブ感あふれるパワフルなボディ鳴りは圧巻の一言。
薄い板が激しく振動し、他のモデルでは味わえない豊かな鳴りを生み出している。
その響きは、まさにSuper Adamasでしか体感することができない。

1978年製 Super Adamas 1687-7

極めて貴重な初期モデルが奇跡的に同時に在庫しており、こうしてご紹介できることを心より嬉しく思う。
こちらは柔らかな色合いが美しいベージュカラーの1本。
煌めくラメはまるで新芽が陽光を受けて輝く風景のように、神秘的な美しさを感じる。

試しにEコードを一発鳴らす。
低音弦の力強さと高音弦の繊細さが絶妙に交差していく。
その響きは、まるで重厚なオーケストラが一つに溶け合い、サウンドホールとボディから解き放たれるような壮大さだ。

 

1980年製 AdamasⅡ 1681-8

ここまでご紹介したように新たな素材、見た目、サウンドキャラクターで革新的な旋風を巻き起こしたSuoer Adamas。
トップアーティストたちを魅了し、ライブステージやレコーディングで愛用され、瞬く間にギタリストの憧れの1本となった。

しかし、当時の大卒の初任給が10~15万円と言われる時代に、Super Adamasの定価が当時100万円ほど。
その価格が示しているように、手にすること自体が一部の限られた人々にしか許されない、まさに高嶺の花だった。
その革新的な構造やサウンドをより多くのギタリストに届けるためには、改良とコストダウンが課題だったのだ。

そこで、OvationはSuper Adamasの魅力を活かしながらも、よりコストパフォーマンスに優れたモデルとしてAdamas IIを開発した。
AdamasⅡの登場は1981年からとされているが、こちらの個体はシリアルナンバーから1980年製であることがわかる。
つまり、最初期に作られた貴重な個体である。

ヘッドとブリッジはより実用的なデザインへと変更され、ネックはメイプルとマホガニーの5ピースで作られている。

登場の背景を見ていくと勘違いしてしまうが、単に価格を抑えた廉価モデルというわけではない。
Super Adamasに引けを取らない存在感と、音の豊かさと煌びやかさを誇る。

Adamas IIはその革新性を多くの人に届けた。
その存在が、アコースティックギターの枠を超えた進化を示し続けるOvartionの位置付けを、さらに確固たるものとした。

Super Adamasから、そのDNAを引き継ぎつつ"誰もが手にできる憧れ"を具現化したモデルとして、Adamas IIは今も多くのギタリストの心をつかみ続けている。

 

1980年製 Super Adamas Classic

こちらはSuper Adsamasの中でも特に希少なナイロン弦仕様。
ボディ内部には、製造年月日と「Adamas Classic」と記されたラベルが綺麗に残っている。
Adamasの中でも特異な存在だが、ロッドカバーとブリッジの美しい彫刻から、紛れもないSuper Adamasであることが一目でわかる。

時を重ねてもなお、エポーレットの鮮やかさ、クリアガードの艶、ボディトップの輝きを失わず、時空を超えた名器としての風格を湛えている。
その見た目に、どこか物寂しい気配を感じつつ、秋色に染まった木々を眺めているかのような、その美しさに引き寄せられる感覚を覚える。

そして、爪弾けば、Mid Depthボディでありながらも驚くほど芳醇なボリュームが空間を満たす。
「その豊かさと奥深さは、どのように生まれるのか?」——そんな問いが、ゆっくりと胸に広がる。

その響きに身を委ねていると、窓外を打つ雨音が響く部屋でエリック・サティの「ジムノペディ」を流しているかのような、音と静謐が絡み合い、時の軸がぼやけていく感覚に陥る。
雨の滴が窓を伝う様子が音楽とともに溶け合うように、俯きながら弦を撫でる自身の姿と奏でた音色が溶け合っていき、一瞬一瞬が淡く儚い夢のように感じられる。

Super Adamas Classicは、楽器が単なる道具でないことを改めて教えてくれる、そんな特別な1本だ。

Applause AE-24

Ovationの探究心は、最高峰モデルだけでなく、まったく異なる方向にも向けられていた。
1976年、Adamasの登場と同時に入門モデルとして「Applause」も登場する。ギター業界はMartin、Gibson、Fenderのギターを模倣したメーカー/モデルが登場したことで発展してきた。
そこで、チャーリーは「誰かがやる前に、我々自身のコピーを作ろう」と考えたのだ。現在ではApplauseと聞くと“安価なギター“をイメージされるかもしれない。
しかし、こちらの2本はUSA製で当時のOvationの拘り=挑戦を感じられる貴重な逸品である。伝統には敬意を払いながらも、新しい技術と素材を積極的に取り入れて作り上げらており、当時の人から見て”未来”を生きる我々が見ても、非常に興味深い設計となっている。

 

精密なアルミダイキャストのネック
指板とフレットとネックの中を一体化しているユニークなネック構造。一体化することでネックの反りを防止しており、剛直な意志を宿した彫刻のように堂々としている。

ネックは形成したウレタンフォームでできており、そこにポリエステルの仕上げが施され、マホガニーのような光沢を演出しているのだ。

サウンドホールプロテクター(ロゼッタ)とピックガードも一体整型となっており、未来から届いたかのようなApplauseの見た目を印象付けている。
”これはギターではなく革新のメカニズムを持つ音響装置”
まさに、楽器の枠を超えた存在感を放っている。

約50年ほど前に作られたギターであり、レトロな雰囲気も確かにそこにあるのだが、手に取るたび、時代の最先端に触れるかのような、不思議な高揚感が胸を打つ。

登場時の逸話、使用アーティストと音楽的背景

Adamasの誕生は、それまで「良いアコースティックギターは良質な木材で製作すべき」という伝統に対する真っ向からの挑戦だった。
木ではなくグラファイトや複合素材を使ったトップ材、マルチサウンドホール、ラウンドバック構造など、あらゆる設計思想がアコースティック界の常識/伝統に風穴を開けたのだ。
これにより、後続するTaylor、Godinなどの新技術導入にも影響を与えたと考えられる。

TV時代においてもAdamasはステージ映えするビジュアルも大きな強みだ。
アイコニックなサウンドホール配置、グラデーション塗装など、テレビのカラーブロードキャスト時代において“見た目“が演奏家の印象を左右する中で、Adamasはまさに「映えるギター」として重宝された。

Adamasの試作段階から深く関わっていたカントリー/ポップ・シンガー“グレン・キャンベル(Glen Campbell)”
キャンベルは、Ovationの初期モデル「Balladeer」や、自身のシグネチャーモデル「Glen Campbell Artist 1127」などを使用。
彼の影響力により、Ovationギターは多くのミュージシャンに受け入れられ、アコースティック・エレクトリックギターの分野での地位を確立した。
特にAdamasを持って登場したことで、「これは何だ?」と視聴者の間で話題になり、当時のギター業界に新風を巻き起こした。

 

日本国内では1978年、南こうせつが再結成されたかぐや姫のライブにブルーのSuper Adamasをステージで使用。
松山千春もブルのーSuper Adamas弾き語り、彼らの演奏する姿を見て「あの楽器はアコースティックギターなのか?」というざわめきが音楽ファンの間で広がった。 浜田省吾は赤い6弦のAdamasを、尾崎豊は12弦のブルーを愛用。
そのサウンドとビジュアルは、彼らのステージの象徴となり、人々の記憶に鮮烈に刻まれた。
自分の音を信じようとするミュージシャンたちにとって、それは「時代と向き合うための武器」であり、「表現を解き放つ相棒」だった。そして、ジャズなどの別のフィールドでは、渡辺香津美がOvationとAdamasを駆使して、マイク・マイニエリとの共演作をはじめとするクロスオーバーの世界でその可能性を証明した。
Charに至っては、ついに自身のシグネチャーモデルを世に送り出すまでに、その魅力を咀嚼した。今なお、Adamasは音楽の最前線で使われ続けている。

【Ovation Adamas 年表(〜1998年まで)】

1972年

グラファイト繊維の超軽量でありながら超高強度であるというメリットについて技術的な議論が交わされる。
グラファイト素材はチタンよりも硬く、スチールと同等の強度を持ち、アルミニウムの半分の重さ。
この素材は、有機繊維を酸化を防ぐためにパージされた環境下で約400℃で加熱し、炭素以外の物質をすべて除去することで作られる。その後、1900℃から2600℃の温度で2週間ほど加熱されることで形成される。
もともと超音速航空機用に開発されたが、1970年代に入りコストが下がり、ギターでも使用できるようになった。
これによりアコースティックギターのボディトップによく用いられるスプルースの約3分の1の厚さで、
確かな強度をもったサウンドボート(俗に言うカーボン・グラファイト・トップ)の誕生に繋がっていく。
実際に1970年代のMartinでクラックをもつ個体を多くみてきたが、ことアダマスにおいては限りなく少なく、現代において実証されていることがわかる。
"Adamas(アダマス)"。それはラテン語で「ダイヤモンド(炭素原子のみで構成された鉱物)」を意味する言葉だ。
チャーリー・カマンによれば1974年ごろに開発が始まった。

1976年

Adamasがアーティストと厳選されたディーラー向けにプロトタイプとして発表、アトランタ・トレード・ショーにも出展される。
最初の26本はプロトタイプ
#27~#61は手作業による生産
#62~#76はヘッドストックのデザインが刷新され、Kaman Barと呼ばれる独自のネック補強材が施される。

1977年

同年9月に大規模な金型製作を開始。
ディーラーは1977年12月に最初の生産モデルを受け取る。
最初の生産モデルは、モデル1687、#0077-95。
最初の12弦Adamasは#213。
#600(1978年後半)まではCharles H. Kamanがラベルにサイン。

#600からはC.W. (Bill) Kaman IIがラベルにサイン。

1978年

※あくまで統計的なデータとしてご参考いただきたい。

極初期:
-ポジションマークがない
※松山千春や南こうせつが使用した個体もポジションマークがない仕様である。
※#180台でポジションマークが入っている個体を確認。(おそらく#150〜180台で入り始める)。

共通仕様:
-現行モデルに比べてボディのラメが多い
-アクセサリー・ドアがボディバックのサイド側に寄っている
-【モノラルアウトプットのみ】と【モノラル・ステレオアウトプット】の2つの仕様が混在
-ウッドノブ ※目盛りに数字入る仕様と入らない仕様が混在。極初期は数字なしが多い。
-ネッククリア塗装
-ボディトップのカーボングラファイトの木目が縦に入る
-白いパーフリングが入っていない
-トップ板の厚み(当店の実測値:1.70mm〜1.80mm)

1979年

カッタウェイモデル追加

-モノラル・ステレオアウトプット
-アクセサリー・ドアがボディバック中央に移動(#850台で確認、#800台では1978年仕様。)
-エンブレムがボディバック上部に移動(#850台で確認、#800台では1978年仕様。)
-白いパーフリングがボディトップに入る(#850台で確認、#800台では1978年仕様。)

1980年
-トップ板の厚み(当店の実測値:1.35mm〜1.55mm)
-エポーレットの塗装が薄い

1982年

1982/1983 ドイツ向けプライスリストでSuper Adamasと紹介される(その後もUS向けプライスリストはAdamasのまま)

1985年

#4110〜#4251と生産本数が減少していく

1986年

#4252〜#4283と生産本数はさらに減少

1987年

この年まで1979年と同仕様のモデルが確認されている

1988年

-プリアンプ:OP24
ボディトップのカーボングラファイトの木目が蜂の巣状

1991年
-トップ板の厚み(当店の実測値:1.65mm)

1992年
-ネック塗装がクリアからサテンフィニッシュに切り替わる
※1992年にクリア塗装個体もあり

1993年
-トップ板の厚み(当店の実測値:1.40mm)

1994年
-トップ板の厚み(当店の実測値:1.60mm)

1995年
プリアンプがOP-24からOPTIMAに切り替わる
※1995年にOP-24個体もあり

1998年
-トップ板の厚み(当店の実測値:1.30mm)


あとがき

ヘリコプターのローターを作っていた技術者たちが、音楽の世界に捧げた異分野融合の結晶“Adamas”
サウンドホールの位置、振動解析に基づいたブレイシング、そして耐久性と軽量性を両立させた素材。
それらの革新は、常識を変え、演奏のあり方を変え、人々の見る景色までも変えてきた。

テレビを通じてそれを手にしたグレン・キャンベルの姿に、何万人もの視聴者が心を動かされた。
「こんなギター、見たことも、聴いたことがない」と心の中でつぶやきながら。

耳に届いたのは、ただの音ではない。
それは、木の響きでも、鉄の震えでもない。
どこか空気の奥深くを震わせるような、当時の人々にとっては“未知の振動“だった。

胸の奥に届いたその振動は、まるで未来から届いた光のように眩しく
「これは、音楽の次のページが開かれた音だ」
そう感じた人も、きっといたはずだ。

Adamasの登場は「ギターとはこうあるべきだ」という常識への挑戦であり、
その音を受け取ったミュージシャンたちの心を刺激し、新たな音楽を生み出すきっかけにもなった。

今、Adamasを手元に置いているプレイヤーからコレクター。
あるいは、その存在に惹かれてこのページにたどり着いたあなた自身も、すでにこの歴史の続きを歩き始めている。

そして今、私たちAdvance Guitarsも、その歴史の延長線上に立っている。
情熱と革新によって生まれた楽器を、次の奏者へと橋渡しすること。
音をつなぎ、音楽をつなぎ、人生をつないでいくこと。

──Adamasの革新の物語に、ほんの少しでも関われることを、私たちは誇りに思う。
そして願わくば、これからその音に出会う誰かが、新たなページをめくるその瞬間に立ち会えたら──。