Moon Sault に託された想い

TC楽器 Nihei

一度見たら忘れる事の無い

オリジナリティの塊

TC楽器のニヘイです、今回は国産オリジナルギター史の中でも1度見たら忘れる事の無いデザインと名前を持つ、KAWAI Moon Sault の魅力に迫っていきたいと思います

KAWAIとエレキギター

1927年にピアノの製造・販売を開始した河合楽器研究所は1929年に河合楽器製作所に改称します、そこから29年後の1958年にクラシックギターの製作を開始。

1963年には国外輸出向けのエレキギター製造へと足を踏み出します。1967年には63年から提携していたTeiscoを吸収し、製造の増産と拡大を図ります。

その後1969年頃まで続いていたグループ・サウンズブーム、その後のフラワー・ムーブメントが起き、カワイは国内向けにTeisco、海外輸出向けにVOX Teardrop や Martin GT-75 などのコピーモデルを製造し、1974年には国内エレキギターのOEM生産を開始します。

そしてついに1977KAWAIオリジナルエレキギター XシリーズMシリーズを発売します。

Xシリーズはデュアル・サウンド・スイッチによりハムバッカーとシングルコイルの両方のサウンドを出す事が出来、Mシリーズにはフェイズスイッチを搭載したりと様々な特徴を持っています。

自信と勢いをつけたカワイは、次のオリジナルギターに一つのテーマを持ちます。

そのテーマは宇宙の物語です!!

そのテーマの背景には1970年のアポロ月面着陸など宇宙に向けて人類の興味が向かっていた事があります。

そして生み出されたオリジナルギターこそがMoon Saultなのです!!

三日月型のボディ形状に隠された秘密

宇宙の物語というテーマの上で、カワイがまず思い浮かべたのは太陽でした。そこで、ボディを丸型、ヘッドを三日月型、ポジションマークが星形という斬新なデザインが生み出されます。

これが後のMoon Saultの原型となります。

ですが上記のデザインは一度見たら忘れられないというインパクトを残す事は出来ましたが、大きく重かったため、道具として使う事が難しいと判断され、他にいくつものデザインが模索されます。

その中で開発陣が兼ねてから興味があった「人間工学」を取り入れたデザインが生み出されていきます。

人間工学を元にデザインするにあたり、当時の日本人の平均身長や体重、重心の位置どを徹底的に研究し、そのデータに基にデザインの構築を行いました。

そして最初のデザインだった丸型から肘の当たる部分を人間工学に基づく数値を基準にカットしていった結果、三日月のようなボディシェイプとなりました。

ボディデザインは一見綺麗な三日月に見えますが、このシェイプはあくまで「人間工学」に基づいて制作されているため、よく見ると本物の月の満ち欠けとは異なり、ボディを半分にした際のネック側とボディエンド側とではRが違います。

Moon Sault誕生に向けた一番の難題

ボディシェイプが決定し、ここからスムーズに開発がいくかと思った矢先、更なる苦難を開発陣を襲います。

それは、ボディ自体は人間工学に基づき開発されましたが、ギターを構えた際に全体のバランスが極端に悪くならない且つ、ボディデザインに合ったヘッドデザインにしなければならないという壁でした。

ヘッドデザインにはボディシェイプ以上の時間を費やし、結果をイメージしたヘッドの先端が3方向に突き出したデザインとなりました。

ボディは、ヘッドは、そしてヘッドには三日月と一番星とその周りに輝く多数の星をイメージしたインレイが埋め込まれました。

更にトラスロッドカバーはアポロ11号をイメージとしたロケット型となっており、まさに開発時のテーマの宇宙の物語ギター全体で体現したデザインとなりました。

そして最後に仕様が決定したのがネックです。

ネックは「Gibson系を持っている人がFender系に持ち替えても違和感がないように」というコンセプトで作られており、程良く厚みと幅のあるCシェイプとなりました。

指版インレイには最終フレットから1フレットに向けて月が満ちていくという洒落たデザインとなっています。

この一本で十分!「オールマイティ」を求めたサウンドコンセプト

全体のデザインと並行して考えられていたのが、サウンド・コンセプトです。そして考え出されたサウンド・コンセプトは「オールマイティ」でした。

そこで77年に特許出願されたDSUハムバッキングピックアップを搭載。このピックアップは各コイルの外周にアルミ箔を巻き、ノイズ対策が取られています。

またシングルコイルに切り替えた際の音量低下を防ぐためにスリー・マグネット構造になっています。

 


そして既にXMシリーズに採用されていたデュアル・サウンド・スイッチフェイズアウトスイッチ、そしてプリアンプパワーブースターディストーションが搭載され、まさに何でも出来る「オールマイティ」なコントロールとなりました。

テーマを重要視したパーツ選択

パーツはBadassのブリッジやGroverペグを採用しており、これはロケット、宇宙服=シルバーという相場が決まっていたので、あえて高級感のあるゴールドパーツでは無くシルバーパーツが採用されました。

“宇宙の物語”を完成させる最後の難題

デザインの最後に考えられたのが、カラーです。

カラーは一つ間違えるとテーマをぐちゃぐちゃにしてしまうかもしれないため、非常に吟味されました。

その結果として「シルバー・サンバースト」「コスモ」という2つのカラーリングが生み出されました。

シルバーサンバーストは漆黒の宇宙に月や星が輝いている事を彷彿とさせるようにシルバーから黒のバーストが施されています。

コスモは逆に中心が黒く外側が青のバーストが施されており、これは宇宙空間が遠く離れるほど光が届くのも遅くなる「宇宙の立体感」を再現しています。

その名は「Moon Sault」

全てのデザインが完成した後、いよいよ渾身のオリジナルギターに名前が吹き込まれます。

モデル名をつける際、開発陣の頭をよぎったのが当時カワイ体操部に所属していた塚原光男氏が編み出した鉄棒のウルトラC難度の大技「ムーンサルト」でした。

この「ムーンサルト」という名前が作り上げたギターにピッタリだと思った開発陣は、弾き手が宇宙へと飛び出していくようなイメージでギターを弾いてもらいたいという願いも込めて「Moon Sault」と命名されます。

こうして独創性とオリジナリティを持った「Moon Sault」は1978年に発売されます!Moon Sault1985年に一度製造を終了しますが、87年に10周年記念モデル(フロイドタイプのトレモロ搭載)が登場、90年にはアクリルボディのMS-80が発売されます。

その後もオリジナルMoon Saultの復刻を望むユーザーが多く、完全復刻したモデルが1997年に発売されたりと、長い間根強い人気を持ちます!

今回は奇跡的に複数本のMoon Saultが入荷、オリジナルモデルだけで無く、復刻や各モデルをじっくり見ていきます。

Moon Sault Silver Sunburst/Cosmo

上記でも解説しているオリジナルのMoonSault

モデル名はMS-1000

1978年の3月から1985年の2月まで販売されていました。

PUボビンやエスカッション、バインディングなどが色焼けによってクリーム色に変色している点は、当時の国産ギターによく見られる症状で歴史を感じられる渋さを持っています。

(Cosmoの個体はペグがGOTOHに交換されています。)

Moon Sault Moon Light Yellow

78年の発売当初はSilver SunburstCosmo2カラー展開でしたが、徐々にカスタムカラーの依頼が増えていきKAWAIの中でもカラーバリエーションが検討されます。

そうして1981年にRedとこちらのMoon Light Yellowがカラーバリエーションとして追加されます。

Moon Light Yellowはイエローカラーのバーストに金銀のラメが散りばめられており、月とその周りに光る星々のようなルックスとなっています。

金銀のラメは手作業で散りばめられていたため、一本一本の表情が異なります。

 

またMoon Light Yellowはたのきんトリオの野村義男氏が使っていた事もあり、当時の若年層に人気がありました。

Moon Sault MS-140CC Green

1993年の楽器フェア用に作られた色付きアクリルボディのモデル。

アクリルボディ自体は同年にMS-130Cが発売しており、パーツなど仕様は同じままボディのアクリルに色が付いているモデルとなっています。ボディからはこちらのGreenの他にOrange,PinkGray Smokeのカラーバリエーションが展開されていました。

オリジナルのMoon Saultとは異なりボルトオン構造となっている点やコントロールがコントロールが1Volume,1 Toneにピックアップセレクターというシンプルなスタイルとなっています。

Moon Sault MS-40 Cosmo

河合楽器創業70周年、Moon Sault発売20周年、そして河合がギターの製作を開始してから40周年の1997年に登場したモデル。

90年代のMoon Saultといえば上記のMS-140のようなシンプルなコントロールを持つMS-80がレギュラーモデルとして発売していましたが、オリジナルのコントロールを持つMoon Saultを熱望するユーザーが多く、その要望に応えて発売されたのが、こちらのMS-80です。

オリジナルのMoon Saultと同じ治具を使い製作され、パーツも同じものを使用。カラーも当時と同様にCosmo. Silver Sunburst. Red. Moon Light Yellow4色となっており、完全復刻モデルと呼ぶに相応しいモデルです。

 

オリジナルMoonSaultとMS-40を見比べてみよう!

MS-40はオリジナルMoon Saultを完全復刻しているですが、実際見比べるとどうなの?という疑問が出てきました。

オリジナルとMS-40を一緒に見られる事は滅多に無い!この機会を逃していけない、という事で見比べてみます!

形はもちろん、コントロールの仕様や機能は当然一緒です。 ですがじっくり見てみると違いを見つける事が出来ます!

やはりオリジナルのMoonSaultは全体的に色焼けを起こしています。特にバインディングやエスカッションなど白い箇所はクリーム色のようなになっています。

一方でMS-40は色焼けがほぼ無い状態です。これは技術の進歩により色焼けが起きづらい塗装やパーツを使用した事による違いだと考えられます。

ブリッジに目を向けてみるとBadassブリッジのスタッドにも変化が見られました。オリジナルに比べてMS-40のスタッドが大きくなっています。こちらはパーツ自体の仕様変更のためによるものなのですが、オリジナルと復刻モデルを見分ける事の出来る貴重な変化です。

MS-40はオリジナルと同様の製造方法、同じ道具、同じパーツを使い製作されているだけあって見た目も瓜二つでした。違う箇所もパーツの仕様変更など致し方無い部分のみの違いとなっており、発売から20年経ったのにも関わらず、ここまで完全に再現をしている河合の技術者の努力と拘りには感動します。

あとがき

初めてMoon Saultを見た時は見た目のインパクトが強すぎて、どこがどうなっているかをなど細かな所をじっくりと見る事は正直なかったです。

ですが今回の記事を書くためにMoon Saultを深掘りし、当時の職人の想いと感性、そして夢を実現するための努力を随所に感じる事ができ、Moon Saultの見た目だけで無く全てが好きになりました。

拘っていない部分を探す方が難しいんじゃないかと思うほど、拘り尽くされたMoon Saultの全貌をぜひ皆さんに知って頂きたいです。

(TC楽器 ニヘイ)

参照
リットーミュージック Guitar Graphic 7
河合楽器製造所ホームページ