TC楽器
Ken Smithとエレキベースの発展
発明家
エレキベースにおいて、誰が発明家として名を残すのであろうか。もちろん、エレキベースの最初のモデルであるPrecision Bassを製作したレオ・フェンダーの名前は、誰でも知っているであろう。
Precision BassやJazz Bassがいかに革新的な発明であったかについては、今更説明する事もない。その登場から10年以上が経過した70年代、エレキベースはFender一強の時代を脱し、発展期を迎えた。
72年にジャックキャサディの為に初のアクティブベースを作ったリックターナー(Alembic)
ヘッドレス、グラファイトネックを発明したネッドスタインバーガー(Steinberger)
スタインバーガーとタッグを組みコンパクトモダンベースを発明した、スチュワートスペクター(Spector)
そして革新的なスルーネック構造、今では当たり前になったテーパー弦を開発したケンスミス(Ken Smith)
70年代以降のエレキベースの発明家と言えば、この4人であろう。
正直な所、エレキベースの発展/開発は70~80年代で完結したと言っても過言ではない。
70年代~80年代に起きた主要な年表が以下の通り
年表
1972
リック・ターナー、ロン・ウィッカーシャム、ボブ・マシューズの3人が設立したAlembicが
ジャック・キャサディとスタンリークラークのために最初のアクティブベースを製作した。
1975
5弦ベースが登場する1年前、Carl Tompsonがアンソニー・ジャクソンのために6弦ベースを試作したが、弦間ピッチが狭く弾きづらいという問題があり、主力楽器にはならなかった。
その後、アンソニーはしばらくの間、70年代のJazz Bassボディに70年代のPrecision Bassネックを組み合わせた「キャリアガールベース」を主に使用した。
1976
PRSがトニー・バンのために初めての5弦ベースを製作したが、時を同じくしてAlembicがジミー・ジョンソンのために作った5弦ベースを納品しており、この僅かな差で、5弦ベースを初めて市場に出したブランドはAlembicとなった。
1977
スチュアート・スペクターが初めての従業員としてヴィニー・フォデラを迎えた。
1978
Ken SmithがSpectorを離れ、自身のKen Smith工房をスタートさせた。
1980
Spectorの元からKen Smithへヴィニー・フォデラが移籍
1981
最初の6弦登場から6年後、4弦のキャリアガールベースをメインで使っていたアンソニージャクソンが改めて6弦ベースを手に入れる。
そこでタッグを組んだのがKen SmithでそのベースはContrabass Guitarと名付けられた。
1983
ヴィニーフォデラとKen Smithのマーケティング担当であったJoey Lauricellaがタッグを組みFodera Guitarsがスタートする。
(1986年頃まではKen Smith工房でも働いている。)
本年表を見ると、現代のエレキベースはこの中に挙げられた出来事や発明によって大部分が形作られていることがわかる。
その中で私が特に好いてたまらないのは、”Ken Smith”というビルダーでありブランドだ。
Ken Smithは、工房を設立する前から、コントラバスやエレキベースのプレイヤーとして知名度を上げ、CM曲やラジオのジングル制作などで生計を立てていた。
また、周囲のミュージシャンの楽器修理や改造にも熟練しており、ニューヨーク市内の多くのアーティストが彼に依頼していたという。
Ken自身は、当初はベースブランドを立ち上げることは考えていなかったが、Carl Thompsonとのコラボレーションによって作成された初のベースがキッカケとなり、1978年にニューヨークで工房をスタートさせた。以降、彼の顧客には、Anthony Jackson、John Patitucci、Felix Pastorius、Melvin Davisなど、ジャズやフュージョンで活躍する超一流のベーシストが名を連ねるようになった。
彼は工房を立ち上げてから、後にエレキベース界に大きな影響を与えることになる数多くの発明を生み出している。代表的な功績を見てみよう
功績
1978
ロックピンを初めてエレキベースに採用。
1979
今では当たり前になったプリント基盤のサーキットを開発。
ネック補強の為のグラファイトを初めて採用。
ピックアップバランサーを開発し、センタークリック付きのEQコントロールを導入する。
1981
ワイドネック6弦ベースを商品化。
1983
テーパーコア弦を発明。
いかがだろう
このように見ても、Ken Smithが存在しなかった場合の現代のエレキベースの世界を想像することは困難である。
彼は1978年に工房をスタートさせて以来、現在の2023年まで、最終的なチェック、点検、調整を自ら行っている。コントロールプレート内には彼自身の直筆サインが入れられ、それがあって初めて出荷されるということになっている。言い換えれば、彼の承認を得ずに作られ、出荷されることはあり得ないということである。また、2019年から2023年始めまではブルーベーカーとの提携によってSmithベースは作られていたがそれも同様である。
全てのSmithベースは、彼自身が目を通して品質を保証するために、彼自身のサインが入っていることになる。
私がSmithベースに魅了されるのは、オリジナルシェイプ、全てのパーツがSmithオリジナル、複雑な木材の組み合わせ、そしてピュアなサウンドである。これらすべてが私の音楽的嗜好に合致しているからである。
幸運にも、最近素晴らしい出会いがあり、2018年製のBSR5 White Tigerを所有している。演奏するたびにますます好きになっていくのを感じる。
Offer
そんな折に、当店へ不思議なメールが写真と共に届いた。
“Are you at all interested in purchasing a vintage Ken Smith?”
届いた写真は現行のSmithベースとは異なり、その様相から疑惑の念が生じることは否めない。そのベースのヘッドは非常に尖っており、金属プレートが取り付けられ、ブリッジにはBadassが装着されていた。
“Made during Vinny Fodera time with Ken Smith.
Original bridge, Ken used Badass bridge at the time. Bass is in great shape, truss rod works the same. Very little wood oxidation, almost none.Bass is currently in Ken Smith shop.”
なるほど、物凄いベースのオファーだと言うことはわかった。
今Smithのショップにあると言うことはメンテナンス中だろうか。
“I am offering to your shop because a friend of mine that was visiting your shop a few years ago, maybe in 2018 or 2019 said you had Anthony Jackson Ken Smith 6 string. So I thought of you for vintage basses.”
当店では以前、Contrabass Guitarのプロトタイプが入荷し、販売した経歴がある。
この経緯から、今回のオファーは当店を信頼してのものであると推測されるが、海外からの取引には慎重な対応が必要である。
そのため、質問を交えながら話を進める中で、相手からビデオチャットで話してみないかと提案があった。
実際に顔を見て声を聞き、相手の素性を確認することで、安心感を得られると考えられたためである。アメリカ人にしては謙虚だ。
Father?
“want me to ask Ken Smith to join as well?”
“Sorry. How do you know each other”
“He is my father”
「えっ?」
差出人名はJon Smithであったが、彼が実はKen Smithの息子であるとは思いもしなかった。
不思議なもので、私自身がKen Smith BSR5を手に入れたばかりでKen Smith愛が絶頂のタイミングである。すぐにビデオチャットの段取りを組み、Jonと話すことになった。
さて、ここから今回の重要なポイント、オファーされた楽器に触れていく。
そのため、以下では楽器の写真とともに、その歴史についてJonの言葉を用いながら記述することにする。
Jonとのビデオチャットが始まり、互いの自己紹介を終えると彼自身の話をしてくれた。
Ken Smith工房
”I bought four string Ken Smith burner.
I know the burners are kind of popular, right?
So I messaged it was like guitar center. So I was like, hey, I’m interested in this place.
How much is it? And I thought it was, like, very nice, very great condition.”
なんと彼はUSA Smithではなく、日本製のBurnerを持っていると話してくれた。
この話を聞いたときに、私は密かに父親への反抗であろうか、、と考えていた。
その後、JonはKen Smith工房の中を案内してくれた。
そこにはKen Smithベースを持った、著名なミュージシャン達の写真と作成途中のベースが並んでいる。なんという貴重な体験だろうか、私がアメリカへ住んでいたらすぐにでも工房へ行きたい。
一通り案内が終わると、ついに本題であるオファーがあったベースの話題に入る。
Ken Smith with Vinny Fodera / ’82 RG4 (BT4)
【SPEC】
BODY:Flamed Maple / Mahogany or Rosewood
NECK:Flamed Maple / Mahogany 5P
FINGERBOARD:Ebony
SCALE:34"
NUT WIDTH:37mm
P.U:Ken Smith Original Humbucker
PRE-AMP:Ken Smith Original 9V
CONTROL:2Vol / 2Band EQ / PU SW / Phase SW / Pre-Amp SW
WEIGHT:4.45kg
CASE : Hardshell Case
“So now, let me show you the bass.
At this point, do you see how there's no serial number on the fingerboard?
That's because it's so early. Let me show you the rest.
These pickups are modern pickups, but originally, they had the older Bill Lawrence pickups.
Here is the original bridge he used to use. Can you see the bad ass bridge?
He used it until he made his own bridges.”
なるほど、確かに近年のSmithとは全く違う様相だ。
写真では確認していたけど、実際に見るとより実感する。
“This is how you know it's the Vinny Fodera era because of this back here, you know? Do you see that?
Look at the wooden back plate. It's the original back plate, made of Rosewood. “
“So, for example, when he looked up number 64, it was actually made after number 94 because the plates already had the numbers.
So when he started making the new circuit, he still had the old circuit that he was trying to get rid of. The bigger number could be older, up until maybe almost 200.”
“So, can you see the space from here to here? You get a feel for the size, right? On this one, it's narrower, right? It's smaller. This bass here, this is the first bass where the customer made a request. He said, "Hey Ken, can you move the back pickup away from the bridge and closer to the neck?" So Ken moved the back pickup farther away from the bridge. The original pickups were Bill Lawrence pickups.”
“RG 4. That was the name of the model.
The first one is, like, from his prototype all the way to maybe the first few. Now, I think there was a batch where he may have used Bartolini on four or five basses.”
“Vinny worked with my dad under a contract, I think, until 1986 or 1987. So this bass was made when Fodera was working for my dad.”
Fodera Guitarsの設立は1983年の筈だが、1986年か1987年まではKen Smithの元で共に働いていたようだ。
このビデオチャットの後日に、Ken SmithとVinny Foderaがどういった役割分担でベースを作っていたのか改めて聞いた。
“Vinny did the carving and finishes on the instrument. Ken would glue up many of the necks and bodies and do the final setup of Bridge, nut, pickups, trussrod.”
TC: What was the number of employees working at Ken Smith's workshop in 1982?
“Mainly my dad and Vinny.”
Vinnyは木材の成形と塗装を担当し、一方Kenはその他、木材の接着、サーキット、セットアップなどを担当しており、二人は密接に協力して製品を製造していた。
なお、現在のKen Smithベースは、ラッカーフィニッシュ(2019年からはポリウレタン)のEliteも存在するが、1980年代後半までに製造されたベースは全てオイルフィニッシュで仕上げられている。
比較
それでは1982年製のSmithと2018年製のSmithを写真で比較し、それぞれの特徴について説明する。
比較対象はBSR 5であるが、BTとはボディシェイプが異なることに留意されたい。
【木部加工部分の比較】
1982年製のBT4はヘッドの形状が鋭利に。
2018年製は丸みを帯びている。
その間の92年製のBT6は鋭利さが残るものの、段々と丸みを帯びている。
ネック裏のボリュートは多少の形の差異はあるものの、この頃から採用されている。
もちろん、単なる飾りではなく、中心部分でネックの継ぎ目がある為、補強材になっている。
スルーネック部分の処理については現行とは異なり、ラミネート材が大きく取られている。
なお、このラミネート材を挟んだスルーネック構造はKen Smithが考案したもので、Foderaにも継承されている。
スリップマッチ構造と呼ばれる3Pボディ。
フレイムメイプルにサンドイッチされた薄いマホガニーらしき木材が接着されている。
しかしながら、この木材の正体についてはKen自身も記憶していないとのことである。2000年代には、以下のような仕様がオーダー可能であった。
・SOLID BODY
・2P BODY
・3P BODY
・5P BODY
・7P BODY
これらの選択肢の中から、好きな木材を組み合わせることができ、また木材によってはグレードの指定も可能であった。Ken自身は、ボディのラミネートが増えるにつれて、一つあたりの木材の体積が低くなり、サウンドキャラクターの指定が容易となり、個体差を極力減らすことができると語っている。
また、ボディの厚みにも違いがあり、1982年製のBT4は42mmであるのに対し、2018年製のBSR5は38mmである。この変化は、Kenにとって重要な変更ではなく、単に軽量化のために年月をかけて変化していったものであるとされている。なお、ボディトップにはコンターが施されており、これは当時の特徴的なものである。
【パーツの比較】
1982年製は金属のプレートにSの刻印があり、ロッドカバーも同様である。2018年製は埋め込まれたアバロンであり、ロッドカバーはアルミプレートになっている。
1982年製はシャーラー製のペグ、2018年製はGOTOHのOEMペグが使われている。
1982年製にはBAD ASS IIブリッジ、2018年製にはKen Smithオリジナルのブリッジが搭載されている。
形状や機能面ではかなり近いものがあり、BAD ASSをKen自身が改良して現在の形になっている。
ピックアップについては、この個体には元はビルローレンスのPUが搭載されていたようだが、現在はSmithオリジナルのものが使用されている。
現行品との違いは、PUカバーにSmithのロゴがないことと、カバーが木製か否かの違いである。どちらもKent Armstrongとのタッグによって作られている。
9VでPUセレクターとそれぞれのPUのボリュームが搭載されている。
お馴染みのシリーズ、パラレルスイッチはなくフェイズスイッチが付いている。
サウンドレビュー
サウンドの印象について。現行のSmithベースと比較すると、その重心が割と低めに設定されており、綺麗すぎるという印象はなく、ジャズ向けというよりもポップス、ロック、ファンクに適合しそうな遊びがあると言える。
また、ベースにおいてはフェイズスイッチをほとんど見かけないが、82年 BT4においては、このフェイズスイッチをオンにすることで低域が薄くなる代わりに、スミスサウンドの代名詞である「ケロケロ」感を最大限に味わうことができ、まさに今日のSmithベースの基礎となっていることがわかる。
Fenderタイプのベースにおいては、4/5/6弦で大きくサウンドが変化するが、Smithベースにおいてはその差が限りなく小さく、4弦のサウンドが欲しいから4弦を選ぶという妥協をしなくて良いのも、非常に素晴らしい点と言える。
統括
今回の素晴らしいオファーのおかげで、Ken Smithという工房はさらに魅力的に感じられるようになる事であろう。現在、工房内でのトラブルや組織の変化により、生産数が減り、日本に新しい商品が入荷することはほとんどない。しかし、KenとJonは、依然として多くの人々にSmithベースを提供したいという気持ちを失っていないと話してくれた。
つい先日、ブルーベーカーとの提携を終え、自社工房で製造を完結させると発表があった、生産体制の立て直しなど、彼ら自身も先が見え辛い所ではあるとの事だが、私も含め“Ken Smith”のファンであれば、彼らが作る進化する楽器を1年でも長く見たいという気持ちであることは間違いない。
TC楽器 内藤