皆さんは、Epiphoneと聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。多くの人は「Gibsonの廉価版」「手に取りやすいギター」といった印象を抱くかもしれません。しかし、そのルーツを辿ると、かつて、Gibsonが喉から手が出るほど欲しがったほどの技術力を持ち、アメリカ随一のギターブランドのひとつとして評価されていたことがわかります。Epiphoneとは本来どんなブランドで、どんな音を理想としていたのか、本稿では、その誕生から歩んできた歴史を振り返り、ブランドの歩みを辿ります。
Epiphone 黄金時代を築いた職人と名器たち
1.スタトポウロ家とEpiphoneのはじまり
1920年代、世界は蓄音機や電話など、新しい“音の技術”に沸いていました。音楽が人々の生活に入り込み始めた時代、楽器の製作にも革新の波が押し寄せます。まさにその時期に、後のEpiphoneの物語が動き出しました。
物語の始まりは、西暦1873年、トルコ西部の都市スミュルナで弦楽器のリペアショップを営んでいたギリシャ人、アナスタシオス・スタトポウロに遡ります。アナスタシオスは1893年に息子エパミノンダスをはじめ、アレックス、ミニー、オルフェ、フリクソと5人の子どもに恵まれました。
生活は決して裕福ではなく、オスマン帝国下のギリシャ移民に課せられた高い税金に苦労しながらも、家族は音楽と工房を中心に穏やかな日々を過ごします。
1903年、アナスタシオスは40歳を迎え、家族とともに新天地アメリカへと渡ります。たどり着いたのはニューヨーク州ローワー・イースト・サイド、ギリシャ移民やイタリア移民が多く住む街です。ここでアナスタシオスは弦楽器のリペアショップを開業。マンドリンの特許を取得し、自ら製造も手掛けるなど、工房は次第に活気づいていきました。
やがて息子のエパミノンダスとオルフェも成長し、父の工房を手伝うようになります。しかし、エパミノンダスが22歳のとき父アナスタシオスが他界。さらに1923年には母も亡くなり、長男エパミノンダスが家族と事業の舵を取ることになります。この一連の出来事が、後のEpiphoneブランド誕生の礎となりました。ブランド名の「Epiphone」は、エパミノンダスの愛称「エピ(Epi)」と、音や声を意味するギリシャ語「フォン(Phone)」を組み合わせたものです。伝統と革新が響き合う象徴として、彼はこの名を自らのブランドに冠しました。
2. ニューヨークの工房とジャズが育んだアーチトップのはじまり
当時のEpiphoneは、豪華な装飾を施したバンジョーで知られていました。街にはジャズのリズムが流れ、夜ごとに新しい音楽が生まれつつありました。1920年代後半になると、バンドの編成は次第に大きくなり、演奏者たちはより滑らかで豊かな音を求め、バンジョーからギターへと関心を移していきます。ギターが本格的に注目を浴び始めたのは、1930年代初頭のことです。ジャズバンドのサウンドに求められる“しなやかさ”や“深み”を表現する楽器として、ギターは理想的な存在となりました。
Epiphoneの職人たちは、この変化を敏感に察知しました。演奏者の声に耳を傾け、アーチトップ構造や厳選された材の使用など、新しいギターづくりに日々取り組んでいきます。当時、多くのミュージシャンはGibsonのアーチトップ・ギターに魅了されており、業界の競争は激しさを増していました。Epiphoneがこの時代を生き抜くためには、ブランドの方向性を根本から見直し、“高品質ギターメーカー”としての地位を確立する必要があったのです。
こうして1930年代、EpiphoneはGibsonに並ぶブランドを目指し、Zenith(ゼニス)、Triumph(トライアンフ)、Deluxe(デラックス)といったアーチトップギターの新モデルを次々と発表しました。
Epiphone 1935年 Zenith
1930年代前半、ニューヨーク工房で製作されたアーチトップ・シリーズの中核モデルです。手彫りのスプルース単板トップとメイプル・サイド&バックが織りなす軽快なレスポンスは、ジャズ・ギタリストたちの伴奏に理想的でした。
ボディ幅は約16インチで、アーチの頂点から放たれる音は明瞭かつ乾いた中域が魅力です。上位機種と同様の構造を持ちながらも演奏者に寄り添った設計で、当時のニューヨーク・ジャズクラブの空気を今に伝える一本です。
Epiphone 1941年 Triumph
Epiphone黄金期の中心に位置づけられる大型アーチトップです。
17インチのボディがもたらす音圧と、削り出しスプルース・トップによる豊かな倍音が特徴です。フレイム・メイプルのバック&サイドが張りのある響きを支え、ビッグバンドの中でも埋もれない存在感を誇りました。
“Triumph=勝利”の名にふさわしく、ギブソンL-5と並び称された完成度を持つ名機です。
Epiphone 1935年 Zenith
Epiphoneがアーチトップ技術の粋を結集させたハイエンドモデルです。
ソリッド・スプルース・トップとカーリーメイプルのバック&サイド、そして5ピース構造のメイプル/マホガニー・ネックによって優れたバランスを実現しています。
エボニー指板、多層バインディング、トーチインレイなど、細部にまで職人の美意識が宿っています。その深く艶やかなトーンは、戦後ジャズの洗練を象徴する存在です。
3. 戦争と喪失、そして受け継がれた志
1941年、Epiphoneはギター界の頂点に立っていました。アーチトップギターの名作が次々と誕生し、ジャズクラブや舞台でその音色が響き渡る中、ブランドは確固たる地位を築いていました。
しかし、その世界はわずか2年後に大きく揺らぎます。1941年12月7日、日本軍による真珠湾攻撃が発生し、アメリカ合衆国は第二次世界大戦に参戦しました。戦争はあらゆる産業に影響を及ぼします。労働者不足、材料不足、そしてギターを求める若者たちの減少。さらに、企業は戦争遂行への協力義務という重圧を負うこととなりました。
Epiphoneも例外ではなく、ギター生産は大幅に縮小され、工房では軍需品、特に航空機部品の製造に重点を置かざるを得ませんでした。楽器メーカーにとって過酷な時代が訪れる中、1942年5月、Epiphoneにとって最大の悲劇が襲います。創業者でありブランドの象徴であったエパミノンダスが白血病と診断されたのです。
病と闘いながらも会社を見守った彼は、翌1943年6月、わずか49歳でこの世を去りました。その後を継いだのは弟のオルフィー・スタトプーロ。オルフィーは社長として工房の舵を取り、弟のフリクソが副社長として支えました。
戦争と喪失という困難な時代の中でも、Epiphoneの精神は静かに、しかし確実に受け継がれていったのです。
4. レス・ポールの提案と、新たな出発
第二次世界大戦を経て、Epiphoneは厳しい状況に立たされていました。
資材や人材が制約され、ブランドとしての再生が求められていたのです。
そんな中、ギター界の革新者レス・ポールが一つの提案を持ちかけます。
彼はソリッドボディ・ギターの試作を進める中で、Epiphone工場での開発にも関与していました。レス・ポールの提案は、単に新製品を作ることではなく、戦後の困難な状況を乗り越えるために 旧来のアーチトップ中心のラインナップから脱却し、新しいタイプのギター開発とブランド再構築を進めることでした。彼の経験と未来志向の視点は、Epiphoneにとって大きな転機となります。
そして1957年、長年にわたる競合関係にあったGibsonがEpiphoneを買収しました。スタトプーロ家によるEpiphoneの歴史はここで一旦幕を下ろしますが、Gibson傘下のブランドとして新たな歩みを始めることになったのです。
この買収により、EpiphoneはGibsonの強みや資源を活かしつつ、自らのブランドアイデンティティを維持したまま、新たな製品展開を進めることが可能となりました。戦後の困難を乗り越え、Epiphoneは再びギタリストたちに愛される存在として生まれ変わったのです。
The Epiphone Guitar Book: A Complete History of Epiphone Guitarsより抜粋
5. カラマズーでの再生とフォークブームの波
1958年、EpiphoneはGibson傘下としてミシガン州カラマズー工場に移転し、新たなスタートを切りました。戦後の困難を乗り越え、熟練の職人たちは工房の再構築に全力を注ぎました。この時期、Epiphoneは従来のアーチトップ・ギターだけでなく、フラットトップ・アコースティックやソリッドボディ・エレクトリックなど、多様なモデルを次々と投入しました。フォークブームやそれ以降のポピュラーミュージックの波に応える準備を整えつつ、ブランドとしての第二章が始まったのです。この“新たな出発”は、単なる再建ではありませんでした。創業期に刻まれた「響き合う音」の理念を時代の変化に合わせてアップデートし、音色とデザインの両面で細部にまでこだわりながら、新しいギターを生み出していきました。カラマズー工場で生まれたこれらの名器は、今もなお多くのギタリストに愛され続けています。
Epiphone 1961年 FT-79 Texan
カラマズー工場で製作されたスロープショルダー・アコースティックです。スプルース単板トップとマホガニー・バック&サイドの組み合わせにより、中低域の厚みと高音の伸びを両立しています。25.5インチのロングスケールが生み出す張りのあるテンション感が、力強くも繊細な鳴りを生み出します。
さらに、カラマズー工場製でありながら“ニューヨークヘッド”を採用している点は、当時としても極めて希少です。フォークからロックへ移り変わる時代のサウンドを象徴した一本です。
Epiphone 1965年 FT-110 Frontier
1960年代半ばに登場した、明瞭で抜けの良い“モダン・フォーク・トーン”を体現するモデルです。スプルース単板トップとメイプル材のバック&サイドによって、ストローク時に明確なアタックと高域の輝きを実現しています。
当時の若いシンガーやソングライターたちに支持され、エピフォンが時代の感性と響き合っていたことを物語る一本です。
Epiphone 1967年 FT-120 Excellente
エピフォンが誇る最高級アコースティックモデルです。
1963年の登場以来、最上位機種として位置付けられました。当時の記録によると、1963年から1970年までの間に僅か約141本しか生産されておらず、非常に希少なモデルです。さらに、カタログ記載ではGibson J‑200よりも高価に設定されており、上位仕様の希少木材や精緻な装飾が施されていました。
その名の通り“Excellente=卓越した”完成度を誇り、精緻なインレイ装飾やバインディングも美しさだけでなく構造的強度と音響特性を両立させています。
音響性能と外観の美しさの両面で、エピフォンのアコースティック・ギターの頂点を示す歴史的名器です。
Epiphone 1968年 FT-79 Texan Cherry Red
名機FT-79の後期型にあたるモデルです。
スプルース単板トップとマホガニー・バック&サイドの構成に、鮮やかなチェリーレッド・ラッカーフィニッシュが映える一本です。軽快で高域の抜けが良いサウンドは、1960年代後期のフォークロックの時代を色濃く映しています。
経年によって深みを増した赤の色味も魅力で、ヴィンテージEpiphoneを象徴する存在です。
これらの名器は、単なる楽器としての枠を超え、多くのギタリストの音楽表現の核となりました。この時代、Epiphoneの音色を象徴するギタリストのひとりが、ビートルズのポール・マッカートニーです。ポールは1964年製のEpiphone Texan FT-79を愛用し、その温かみと豊かな響きを活かして演奏しました。
特に「Yesterday」のアコースティックパートでは、ギターの柔らかく張りのあるテンション感が、楽曲の繊細な表情を際立たせています。ロングスケールならではのしっかりとした鳴りは、フォーク的なアプローチからロック的な歌心まで、幅広い表現を支える存在となりました。
こうしてEpiphoneは、フォークブームやロックの隆盛と共に、アコースティックギターの存在感を確立し、60年代の音楽シーンを彩る一翼を担うことになります。やがて、この伝統はアメリカを飛び出し、世界中のギタリストたちへと広がっていくのです。
6.グローバルブランドとしての再生と現代のEpiphone
1970年代に入ると、アメリカの楽器業界は大きな転換期を迎えました。GibsonおよびEpiphoneを傘下に持つノーリン社の経営方針もあり、生産体制は再編を余儀なくされます。この過程で、多くのEpiphoneモデルは日本の松本市を中心とした工場で製作されるようになり、品質とコストのバランスを追求するグローバルブランドとして再構築されていきました。
1980年代から1990年代にかけて、エピフォンはアジア各国での生産を本格化し、より幅広いミュージシャンの手に届くギターを提供していきます。この時期に登場したカジノ、リビエラ、シェラトン、そしてアコースティックの多くのモデルは、手頃な価格でありながら確かな品質を備え、学生や若いプレイヤーを中心に世界的な人気を獲得しました。
2000年代に入ると、Epiphoneは再び大きな進化を遂げます。Gibsonとの連携を強め、設計や検品工程を一層厳格にしながら、歴史的モデルの復刻や仕様のアップデートを積極的に進めていきました。その最たる例が、近年高い評価を得ているInspired by Gibsonシリーズです。Gibsonの伝統的な設計を踏襲しつつ、Epiphoneらしい価格と品質のバランスで再現したこれらのモデルは、ビギナーから中級者、上級者まで幅広く支持されています。アコースティックギターにおいても、Hummingbird、J-45、J-200といった名器を基にした現行モデルがラインナップされ、往年のサウンドと現代のプレイヤビリティを両立。創業から150年以上を経た今、Epiphoneは単なるGibsonの廉価版ではなく、独自の設計思想と歴史を持つ、世界的な総合ギターブランドとして確固たる地位を築いています。
ニューヨークで生まれたクラフトマンシップは、国と時代を越えて受け継がれ、現代のEpiphoneにも脈々と息づいています。
あとがき
Epiphoneの歴史を振り返ると、一本のギターが持つ重みを改めて感じます。
100年以上前、トルコからアメリカへ渡った家族が音への情熱を胸にリペアショップを始め、戦争や困難を乗り越え、革新者たちと共に新しい音を追い求めてきたそのすべてが、今私たちの手にあるギターに刻まれています。Epiphoneの歴史を知った上で改めてギターを弾くと、演奏は単なる音楽行為ではなく、時間を超えた対話になる気がします。
弾き手と楽器、そして過去の演奏者や職人たちそれぞれの思いが重なり合い、音となって空間に広がる瞬間。そこにこそ、楽器の本当の価値や喜びがあるのだと思います。職人たちの歴史と情熱、革新と挑戦が紡ぐ“響き合う時間”。そんな豊かさを感じながら、これからもギターと向き合っていきたいと感じます。
