「あ~あの楽器買うとついてくる布ね」「楽器を拭くやつ」とか軽視されることも多いこのシリコンクロス。しかし!たかが布と侮るなかれ!大切な楽器を磨くためにあるためのこの布、THE中古楽器屋はそこまでこだわります。楽器を磨くことが一番多い中古専門店なればこそ、クロスへのこだわりをとことん見せちゃいます!
●そもそもシリコンクロスって何?
ここで問題。シリコンクロスは何でできているでしょうか?
「シリコン?」と答えた人は残念ながら不正解。シリコンクロスとは綿などの布にシリコンを含ませたもの。ではシリコンとは?最近は美容整形などでも良く耳にするこの素材ですが、ここでは楽器を磨き上げ艶を出す効能を持つものだと言って良いでしょう。つまりシリコンクロスとは艶出し効果が含まれた布、という訳です。
●良いシリコンクロス、悪いシリコンクロス
「な~んだ、じゃあシリコンクロスってポリッシュで湿らせた雑巾と同じじゃん」と思った貴方、けっこう鋭いがちょっと違う。まあニュアンスはかなり近いかも知れませんが、大きく異なるのはその製法です。クロスに含まれるシリコンの結晶ひとつひとつは大変小さく、砂粒の何万分の一というサイズで電子顕微鏡レベルです。こんな小さな結晶のひとつひとつが繊維の奥の奥まで織り込まれています。だから楽器にとって良いシリコンクロスとは、まず母体である布自体が良いものであること。そして不純物などを混ぜずに良質なシリコンだけが織り込まれていることが大切です。粗悪な作りのものはシリコンの織り込み具合が不均一だったり、楽器や人体にとって良くない不純物を含んでいたりすることがあります。
●プロに訊く!
「ラッカー塗装の楽器にシリコンクロスを使ってはいけない」の本当の理由
昔から良く言われるこの話。でも「何で?」という理由を完璧に答えられる人は少ないと思います。
シリコンがラッカーと結合して変色の要因となる?など様々な説がありますが、数千本を超える当店の在庫を見ても、シリコンクロスによる障害を受けた楽器というものにはなかなか出会えず、そもそも実例がないために検証するのが難しいことなのでしょう。
そこで当店自慢のシリコンクロス、その名も「THE中古楽器屋クロス(そのまんま…)」の製造工場にお邪魔し、スペシャリストに尋ねてみました。気になるお答えは!
A:「そうですね。全く影響がないという訳ではないにせよ、良質なシリコンクロスなら実質的にまず問題ないと言っていいでしょうね。シリコンクロスに含まれるシリコンの量はとても僅かなので、ラッカーと結合して変質させてしまうほどの影響力はないと言えるでしょう。そりゃ楽器をシリコンの原液に浸したりすれば話は別ですが」
なるほど。一枚のクロスに含まれるシリコンの微粒子程度なら悪影響はなさそうだとのこと。しかし僅かでも影響があるなら、それこそ原液に浸すほどに何百万回もシリコンクロスで磨いたら? 気になって尋ねてみた。
A:「その前にクロスがだめになります。それはともかく、まあ原液を塗り込んだりした場合には多少の影響はあるでしょうね。その場合、一番問題になるのは再塗装の時なんです。ラッカーが大量のシリコンと結合した場合、木部との結合が強くなって他の薬品への耐性も強くなってしまうので、塗装を剥がすの少々大変になってくるんです。リフィニッシュする職人さんはちょっと苦労するかも知れないですね。」
ほほう。ならば逆に塗装を剥がすつもりがないならかえっていいかも。じゃあシリコンクロスで磨けば塗装は強くなる?
A:「それにしてもごく僅かにです。結局のところクロスに含まれるシリコンの量では艶が出る程度で良くも悪くもそれ以上の影響は少ないんじゃないかな。それより…実は…」
実は…の続きが気になる。なので訊いてみました。「実は…何ですか?」
A:「シリコンクロスに含まれる不純物の方がよほど影響があると思うんです。もちろんここで作っているものに関しては一切ありませんが、シリコンを添加する際に有機溶剤なんかを使ったりするとそれが残留してたりして、そういうのは当然ラッカーには良くないですよね。」
なるほど、シリコンクロスが悪いというのではなく、粗悪なシリコンクロスが良くないというのが真実らしい。それでシリコンクロス全体のイメージが下がってしまうなんて不本意ではありませんか?
A:「そういうことですよね。ともあれ良いシリコンクロスを使って頂きたいと思います。」
ということでした。それでは「良いシリコンクロス」はどうやって作られているのか、当店自慢の「THE中古楽器屋クロス」が作られて行く工程を参考にしながら見て行きたいと思います。
●まずは素材が第一
シリコンクロスとはシリコンが織り込まれた布であるということは先述しました。だから素材となる布は重要。THE中古楽器屋クロスは100%の純綿を使用。国内の工場で丁寧に織り込まれています。
ここで再び製造工場スペシャリスト氏に登場願います。
A:「化学繊維を使ったりすればコストは下げられるんですが、シリコンの添加が均一にできなかったりするんですよね。ちょっと使っただけですぐ取れてしまったり。もちろんそういうのは洗ったりしたら一発でだめです。」
ということは純綿ならば洗ってまた使える?
A:「永遠に、というわけにはいかないですが、繊維の奥にまで浸透していますので数回の洗濯でだめになることはないです。繰り返しお使い頂けます。それにナイロンの繊維などが混ざっていたりすると楽器を傷つけてしまうこともあるんです。だからうちは一貫して純綿にこだわっています。」
なるほど。頼もしいお言葉。まずは素材が第一。納得です。
●100% 純シリコンにこだわる。
100%純シリコンって…なんかイメージが涌きませんが逆に100%じゃない不純なシリコンてあるんでしょうか?
A:「不純なシリコンというのはちょっと違うんですが。ところでシリコンクロスを作る上で一番金額がかかる部分は何だと思います?」
逆に質問されてしまった…。やはり素材となる純綿かな?
A:「違います。一番高価なのは添加するシリコンなんですね。目に見えないほどに微量であるにも関わらず。だからコストを押さえようと思えば、シリコン以外のものをクロスに添加することも良く見られます。」
なるほど。シリコンに加えて他のものまで混ぜられているということですね。例えばどんな?
A:「シリコンクロスの目的はやはり磨いたものの艶を出すことですから、それをよりわかりやすくするためにオイルやワックスなどが入っているものもありますね。」
そうか。確かにわかりやすい。でもそれはそれで良いのでは?
A:「確かにそういう見方もあるんですが。でもオイルなどはすぐに飛んでしまうので効果があるのは最初の一瞬だけです。うちでは末永く使って頂けるものを作っていきたいんでそういうものはあまり…。それにコストの低いワックスなどは有害な物質を含んでいる場合もありますからね。」
それはちょっと怖い。
A:「だからうちは、見かけだけ効果がありそうなものよりは安心して長くご愛用頂けるものということにこだわっているんです。シリコン自体は美容整形などでも使用されているように人体に対して影響が少ないんですね。だから例えば管楽器のマウスピースとか、口が触れるような部分でも安心してお使い頂けます。やっぱり楽器だけじゃなくそれを使う人が一番大切ですからね。」
そこまで考えて作ってくれていたんですね。我々も日頃何気なく使っていたこのクロス。そこまでの思いが込められていたとは不覚でした。
●シリコンの添付方法にもこだわりあり!
純綿にこだわり、純シリコンにもこだわる。そしてその純シリコンを純綿に浸透させる方法にも秘策があるとか。その制作工程についても尋ねてみた。
A:「一番重要なのは生地にシリコンを付着させるやりかたなんですが、うちでは水を使います。」
水?
A:「シリコンの粒子を水に溶いて浸透させ、乾燥させるやり方です。手間はかかりますがこれが一番いいと思います。」
それはなんとも原始的な…と失礼ながら素人考えではそう思ってしまうが。
A:「効率だけで言えば揮発性の溶剤にシリコンを溶かして吹き付けるやり方もありますが。それだと確かに乾燥の設備や工程が不要になるので手早くできるしコストも抑えられます。ただし溶剤の残留物が生地に残ってしまうんですよね。有機溶剤などの中には発ガン性物質を含むものもありますからそんなものは使えない。だからうちは真水。真水ならば乾燥させれば何も残りません。地味で手間のかかる作業ですがこれが一番安心なんです。」
こんなところにもユーザーへの思いやりが。結局この工場が作ってくれているのは「製品」ではなく「思いやり」なんだと改めて感じさせられました。
A:「だからうちは純綿、純シリコン、そして真水しか使わない。これが我々のこだわりであり、そして誇りなんです。」
なるほど。良いこと聞いた。水に溶いて干す。なんかそれなら自分でも作れそうな気になってきた。
A:「そう簡単にはいかないと思いますよ。乾燥させるだけでもかなりしっかりした設備がいりますし。水に溶いたシリコンを本当に効率良く浸透させるためにはかなりの技がいるんです。」
そうか。素材がシンプルなだけに腕がものを言うという世界な訳ですね。具体的にはどんなワザを?
A:「先祖伝来の秘術とでも言いましょうか(笑)。教えてあげても良いですが、コツを体得するまでに10年はかかりますよ。それがわかったら奥義へと進みます。そして奥義を極めたものだけが、秘伝の書を開くことができ、禁断のシリコンクロスを手にすることができるのです。」
はいはい…わかりました。どこまで冗談だかわからないけど、それだけ奥が深いということだけは良くわかりました。いや~たかがシリコンクロスと甘く考えてた所もあったけど。ここまで深かったとは。確固たる技術があってこそ、ここまで思いやりに溢れた製品を作れる訳なのですね。
●シリコンクロスの意義とハイパーミクロクロス
ここまで制作工程を見てきて、なるほどそのこだわりと強い思いを感じることができました。でもそこまでして、なんでそもそもシリコンを使うの?という初歩的な疑問が。なので思い切って尋ねてみました。
A:「そりゃシリコンが入ってなきゃシリコンクロスじゃなくなってしまいますからね。」
もっともです。例えるならクリープのないコーヒー?いや、それ以下ですね。コーヒーの入っていないコーヒー?それではただのお湯…。
A:「そもそもシリコンにはそれで磨かれた表面に対して極薄の皮膜を作り艶を与える効果があります。美しい光沢を与えるためには重要な要素なんです。」
そうか。ここまで来てやっと初めてわかった。シリコンクロスとは汚れを落とすためのものではなく、美しい艶を与えるためのものだったんですね。でも例えば汚れを落としてきれいにするためだけだったら別にシリコンが入っていなくても、ただの純綿でもいんじゃない?そんな疑問もぶつけてみました。
A:「そうですが…。でも汚れを落としたいんだったら純綿よりもっと良いものがあるんです。それがこれです。」
そう言って自慢げに別のクロスを取り出すスペシャリスト氏。それは…当店でも販売しているTHE中古楽器屋ハイパーミクロクロスではないか。これってシリコンクロスの高級版だと思ってたんだけど、違うの?
A:「コンセプトが大きく違います。艶を与えるならシリコンクロス、汚れを取るならミクロクロスが鉄壁なんです。」
そう言って自信たっぷりの笑みを浮かべるスペシャリスト氏。それでは今度はミクロクロスの秘密を暴いていきましょう。
A:「ミクロクロスは綿などよりずっと細い繊維で作られていて、それはもう人間の髪の毛の100分の1よりも細いんです。」
自慢げに語るスペシャリスト氏。細いことは良くわかりました。だがそれで?
A:「たとえば楽器の表面に砂粒がついたとします。これをお箸でとることはできます?」
できません。だってお箸の先の方が大きいじゃん。
A:「そうですよね。お箸で取ろうとしたら逆に砂粒を押し付けてしまったり、擦りつけてキズをつけてしまう恐れもありますよね。でもお箸よりずっと細い、例えば細筆の毛先でだったら安全に砂粒を取り除くことができる、ミクロクロスはそういう原理なんです。」
うまい例えですね。 ↓この例え話のイメージ
A:「楽器に付着する手あかなどの汚れって、実は綿繊維の先端部よりも小さな粒子が多いんです。そうしたものはふつうの繊維で拭き取ることはできない。でもこのミクロクロスならこれ以上は存在しないっていうくらい細い繊維でできているので、ほとんどの汚れを取ることができるんです。」
そんな細い毛先を擦ったりしてキズはつかないの?
A:「そこがミクロクロスのもうひとつの凄いところで、これだけ細くてもとても柔らかくできているから安心してお使い頂けます。実際はこのイメージ図よりもっと複雑な形をしていて、花びらみたいな感じかな。掴んだ汚れを離さないので本当に表面をきれいにすることができるんです。」
ミクロクロスの凄さは良くわかりました。これはシリコンは入ってないんだろうか。
A:「シリコンは入っていません。これは汚れを取り除くために特化して作られているので、艶を与える成分などは一切入っていません。超極細の特殊ファイバーで織られた繊維だけで作られています。」
ということは安心して使えそうですね。
A:「その通りです。うちでは純国産のミクロファイバーだけを使用しているのでラッカー塗装でも安心してお使い頂けます。それにこれは何も配合していない純粋な繊維だけですので洗って何度でもお使い頂けます。吸水性も抜群に良いので汗などを拭くにも最適ですね。」
この工場のユーザーへの思いやりは既に充分わかっています。ならば赤ちゃんのおむつに使っても安心だね。
A:「いやそれはちょっと…。それに高いですから。」
そう。それは実は思っていました。当店で販売しているハイパーミクロクロスも1,000円。シリコンクロスの2.5倍もするのです。確かにちょっと高いんじゃない?。
A:「おっしゃる通りちょっと高いんです。でもそれだけの品質は絶対持っていると思います。国内の一流繊維メーカーで作られた最先端の極細ファイバーを使っているわけですから。確かに最近はミクロクロスとかマイクロファイバークロスという名前でもっと安いものも見かけますよね。でも困ったことに太さ何ミリ以下がミクロファイバーだという定義がないんですよ。だからここまで細いものじゃなくても、ちょっと細いだけでミクロファイバークロスという名前で売られてたりもします。」
まがいものが流通しているという?
A:「いや、まがいものとまでは言いませんが。でも海外で作られている安価なミクロファイバーなんかはここまでの繊維の細かさはありません。ここで使っているのは、これ以上細い繊維は存在しないっていう限界のものですから。そういう意味で日本の繊維メーカーの技術力は世界一なんですよね。」
なるほど。日本の技術の結晶という訳ですね。それに洗って何度も使えるとなると、他のクロスを何枚も買うより確かにお得かも。自分用にも買おうかな。ちょっとそんな気分になってきました。
●クロス業界の実情
な~るほど。今回の訪問でいろいろなことがわかりました。この工場がいかに熱い思いでクロスを作っているかも。正直、シリコンクロスの話だけでこれだけ熱くなるとは思ってなかったのも事実なんです…。いや~ありがとうございました。面白い話やちょっと怖い話なんかも。しかしそんな有害物質を含む不純なクロスとか、本当にあったりするんでしょうか?
A:「残念ながら皆無とは言えないですよね。やっぱりコストを抑えようとするとそういうことになってきますから。海外で安く作られてたりするとわからないですよね。それに残念ながら皆が皆、楽器のためだけを考えて作っているわけじゃない。例えば製造元は靴磨き用のクロスのつもりで作っているものを、安いというだけで楽器用に輸入してしまったら?だから製造サイドだけに問題があるわけじゃないんです。」
おぇ~!そんなので磨いた管楽器なんか吹きたくないです。
A:「だから国内で作るっていうことや、こうして工場にいる我々が販売店と直接お話して作っているというのが大事なんですよね。楽器屋さんにご依頼頂ければ楽器を演奏する人たちのことを考えながら作れるわけですから。」
そうですよね。やっぱりコミュニケーションが大切。それでこんなに思いやりが込められたものを作ってもらえれば何よりです。ところで、こうしてクロスを作って頂いている上での苦労とかはないんですかね~。
A:「苦労というほどのことではないんですが、我々の持っている技術とかこだわりとかが伝わりにくい商品ですよね。末永く、それこそ何年も何年も使って頂いて初めて良さが出るものですから。」
う~む確かに。
A:「楽器ならぱっと弾いただけで、これは良い楽器だ!というのはありますよね。料理だって一口食べて、これは美味しい!ってそういうお客様の喜ぶ顔が見られる。でも我々の場合、手にしただけでこれは良いクロスだっていうのが難しい。」
かくいう自分もちょっとやそっとではクロスの善し悪しは分かりません…。
A:「このクロスで試し磨きさせてくださいなんてお客様いらっしゃいます?」
そんな特殊な方はいらっしゃいません…。
A:「ですよね。真価が出るのは本当にぼろぼろになるまで使って頂いた頃のことですから。そして捨てられてしまう。あまりありがとうと言われることはないかも知れない。だから我々は、自分たちの作ったクロスで磨いてもらっている楽器やそれを弾いている人の笑顔を思い浮かべながら作っているんです。」
そうか…。楽器愛好家のはしくれである自分にしても、確かにクロスにありがとうと思ったことはなかった。こうして影ながらがんばってくれている人たちがいて楽器の喜びがあるんだなと初めて知りました。
A:「自慢ってほどじゃないんですけど、文句を言われたことも一度もないんですよ。このクロスを使ったら困ったことになったとかそういう話もない。こういうものを作っている世界ではそういうことはあまりないみたいで。だから本当に皆さん満足して頂いてるんだなと思って、それが嬉しいです。」
なるほど。ありがとうございました。
●取材を終えて
実のところ、シリコンクロス特集って、そんな特集にするほど訊くことや書くことがあるのかな~なんて思いながら赴いた取材でしたが、こんなに温かい気持ちで帰路に着くことになるとは思ってもいませんでした。どれだって同じと思いながら、そこにあるのが当たり前のように使っていたクロスにこれだけのこだわりと、そして
思いが込められていたことは驚きの事実でした。この取材ができて良かったと本当に思っています。帰り際に工場で頂いた1枚のクロスはなんだかみんなの思いが込められているような気がしてちょっと重たく、そして温かく感じました。家に帰ったら感謝の気持ちを込めて楽器を磨いてみようと、そんな気持ちにさせてくれました。そして今日だけでなく、これから先何年も何年も経った後、このクロスがぼろぼろになるまで使った頃に改めてありがとうを伝えられたら何よりです。
●そんなシリコンクロス!
ただのシリコンクロスではないことはもう充分ご承知頂けたことと思います。
ぜひ末永くご愛用ください。
長くご使用頂いてその良さをご実感ください。